35.キスケ奪還
額に傷のある男がカウンターから出てこちらに近付く。ナツメさんの足元に転がっていた男が床に尻を擦りながら後退っていった。
ナツメさんは一歩前に出ると、その額に傷のある男に視線を向けた。
「そこにいる弟を迎えに来た」
「あ?弟?」
その男がカウンターの向こうにいるキスケに目を向けた。
「弟ってこいつのこと?」
「そうだ。連れて帰らせてもらう」
「はっ。そいつは出来ねえな」
「何?」
ナツメさんが更に前に出る。男はカウンターのキスケに近付き、キスケの首後ろに手を回す。
「やめろ!キスケから手を離せ!」
「こいつは俺に借金があるんだよ。だからそれを返すまでは俺の所で仕事してもらわねえとな」
「借金?」
怯えた様子のキスケがナツメさんに目を向ける。
「ち、違う!姉さん!俺はお金なんか借りてないっ!」
「あっ!?何言ってんだテメェ!あれを壊したのはお前だろぉが!」
「違う!あれはアンタにぶつかっただけで……」
「あ?俺が壊したってか?」
男がキスケの首を強く掴み、キスケの顔が苦痛に歪む。
「やめろ!」
ナツメさんが更に前に出る。俺はナツメさんの肩に手をかけてナツメさんの前に出た。
「その手を離せ。小悪党」
「あ?何だお前?次はこいつの兄貴か?」
「俺が誰かはお前には関係ないだろう。それよりも昨日盗んだ鞄を返してもらおうか?」
俺の言葉に男の表情が変わった。首を傾けて俺の顔を覗き込む。
「お前……昨日乗り込んで来た奴か?」
「ああ。そうだ。お前と一緒にいた連中は憲兵に捕まってるぞ?」
「だから何だ?」
「お前もここで捕まる。そして昨日盗んだ鞄を返してもらう」
「ちっ。面倒くせぇな……」
男はキスケをカウンターの奥に放り投げると、再び俺達の方に歩み寄る。
「本当に面倒くせぇガキどもだな……。おい!お前ら!このガキども痛めつけてやれ」
後ろにいるナツメさんに小声で声をかける。
「ナツメさん。キスケくんをお願いします。あの男は俺がやります」
「なっ……ラディアス殿!」
俺は前に立ち塞がる3人の男の横を一瞬ですり抜けると、傷の男との距離を一気に詰める。
俺とナツメさんの後方から突風が男達に向かって吹きすさぶ。
アティアの風精霊魔法だ。威力はかなり抑えられているが、男達を怯ませるには効果は充分だ。
その風に顔をしかめる傷の男の顔面に右拳を打ち込む。しかし拳がぶつかる直前に透明な壁に当たったような感触がして拳のスピードが殺される。
傷の男が俺の拳を躱し、体の位置を入れ替えて距離が開く。
「甘えよ。ガキが!」
「!?防御魔法か」
あらかじめ防御魔法を自分にかけているとは思わなかったけど、さっきのパンチはかなり力を抑えていた。この男の体に防御魔法がかかっているなら多少力を入れても大丈夫だろう。
傷の男が俺の首元の冒険者タグに気付く。
「お前ら、冒険者か?」
「だったら何だ?」
「んー?はっ。Dランクか。その程度の実力で俺らを捕まえるつもりかよ」
「違うな。ぶっ倒すつもりだ」
「あ?」
床を蹴った俺が一気に間合いを詰める。男がカウンターで右拳を俺の顔面に合わせてくる。それを紙一重で躱し、男の腹にパンチを打ち込む。
パリンッ!……ドスッ!
俺の拳が防御魔法の障壁を簡単に突き破り、男の腹に手首までパンチがめり込んだ。
男は俺の力を見くびっていたのか、全く避けようともしないでまともにパンチを食らって思わず顔をしかめる。
「ぐはっ……!」
くの字に折れた男の顔面に蹴りをお見舞いすると、男が派手に壁まで弾け飛んだ。
俺は振り返り、ナツメさんに叫ぶ。
「ナツメさん!」
「了解でござるっ!」
ナツメさんが腰に差した刀を抜刀した。
抜刀したと同時に目の前の3人の男に斬りかかる。
目にも止まらぬ抜刀術。
鋭く流れるように三回振り抜かれ、男達の体が宙に浮いた。
まさか斬ってないよな?
ドサリと音を立てて倒れた男達は皆、白目をむいて気絶していた。
チン、という金属音を立ててナツメさんが納刀する。
「峰打ちでござる」
驚いたことにナツメさんは刃の反対側、刀の峰で男達の側頭部を叩き、その意識を刈り取っていた。
そしてゆっくりと店の奥のカウンターに近付いて行く。
最初からカウンター近くの丸テーブルにいた2人の男達は目を見開いて、近付いてくるナツメさんから後退る。
「ま、待てよ!俺達もその……そこにいるマドベイさんに言われて……」
「そ、そ、そう。全部マドベイさんにやらされてたんだ……」
「……そこをどくでござる」
「「は、はいぃ!」」
2人の男が壁の方に飛び退くと、ナツメさんがカウンターの奥で倒れ込んでいたキスケの所にたどり着く。
「キスケ!キスケ!大丈夫でござるか?」
「う……あ、姉さん……」
「うむ。良かった。怪我は無いでござるか?」
「うん……う、う、ごめん……」
「……話は後で聞くでござる。とにかく、ここを出るでござるよ」
ナツメさんがキスケを抱き起こし、俺の方に視線を向けた。俺は吹っ飛んだ傷の男の方へと近付く。
壁まで飛んだ傷の男……マドベイが頭を押さえながら立ち上がり、俺の方に顔を向けた。
「痛ってぇ……」
「えっと、マドベイ?でいいのかな?まだやる?それともすぐに鞄返してくれる?」
「……調子に乗んなよ、くそガキ!」
マドベイが腰に差していた幅広の蛮刀を抜いた。マドベイの背後の扉から数人の男が店内に入って来る。
「まだやる気みたいだね」
「3人……いや、4人ともぶち殺してやんよ」
ふぅと思わず溜息が出た俺は腰の剣を抜いた。
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