34.見覚えのある男

 迷宮都市ペグルナットの南東部。

 冒険者ギルドがあり、商店などが並ぶ街の中心部。住宅街の居住区などが多い西部。

 それらとは少し毛色が違い、街の東部は少し発展が遅れている印象だ。特に南東部は歓楽街があり、同じ地域には貧困層が集まるスラム街も広がっている。

 更には賭博場や娼館なども並んでいて、合法非合法問わず欲望が集まる地域……俺の南東部の印象はそんな感じだった。



 俺とアティア、ナツメさんはその南東部の歓楽街の入口辺りに到着した。

 昼間とはいえ、他の街並みと違う印象の通りを見てナツメさんから思わず言葉が漏れる。


「こんな所にキスケが……?」


 

 まあそうだろうな。自分を追いかけて来た弟がこんな場所に居てるって知ったら驚くよな。


 アティアが俺とナツメさんを呼び止める。


「じゃあ、少し離れた所で探索魔法を使うね。もうだいぶ近いと思うから、すぐに絞り込めると思うよ」

「そうだな。じゃ、適当な場所に移動しよう」



 俺達は歓楽街の入口から少し外れ、通りから少し入った路地裏に移動した。


 少し広めの場所を見つけて、アティアが手早く地面に魔法陣を描き込んでいく。そしてすぐに探索魔法の詠唱を始めた。


 探索を終えたアティアが目を開ける。


「うん。分かりましたよ、弟さんの居場所」

「ほ、本当でござるか!?」

「やっぱりそこの入口からはそんなに離れていないですね」


 アティアが歓楽街の入口の方を指さしながらナツメさんに伝える。ナツメさんはその指差す方を見つめて、俺達に視線を戻す。


「ラディアス殿、アティルネア殿。本当に良いのでござるか?」

「もちろんですよ。ちょっと物騒な所ですからナツメさん一人でなんて危ないですよ」

「うん。ラディーの言う通りです。危なそうな所ですから三人で協力して早く見つけましょ」

「そうでござるな。本当に感謝するでござる」

「お礼は弟さんが見つかってからですよ、ナツメさん」

「う、うむ。かたじけない」


 アティアにそう言われ、ナツメさんが俺達に小さく頭を下げた。

 そして俺達は歓楽街の入口へと向かった。


 ◇


 歓楽街の通りに入り、両側には怪しげな店が並んでいる。昼間にもかかわらずその通りに人通りはほとんどなく、道端に座り込む人達の余所者を見る鋭い視線が通りを歩く俺達に注がれる。

 視線を合わせず避けるように俺達は通りを進んで行った。


 

「ここです。この右側の建物の中です」


 アティアの声に俺とナツメさんの足が止まった。アティアの示した建物は三階建ての建物で、一階はバーのようだった。昼間なので営業はしていないようだ。

 荒んだ店構えから陰湿な雰囲気がする。


 その店の前でアティアが目を瞑り、手をかざす。そして俺達に向き直ると、


「うん。間違いない。この店の中に居ます」

「うむ。アティルネア殿、感謝いたす」

「入りますか?ナツメさん」

「無論でござる」


 ナツメさんはツカツカと歩き出すと、傷んだ重そうな扉を押し開けた。

 昼間なのに薄暗い店内。フロアには乱雑に置かれた丸テーブルが数個。店の一番奥にはカウンターが見えた。

 店に入った途端、店中に漂う紫煙の焦げ臭い匂いと別の甘い香りが俺達の鼻をつく。

 カウンター近くの丸テーブルに男が3人腰掛けているのが見えた。

 

「おい。何だお前ら?」

「誰かが女呼びやがったのか?」

「あ?男もいるぞ?」


 3人がそれぞれ呂律ろれつの回っていない声を発した。

 3人とも一見して分かる危険な雰囲気を漂わせ、入口に立つ俺達3人を睨みつける。

 その内の一人がふらりと立ち上がり、俺達の方に近付いてくる。

 入口からの光がその男の顔を照らす。


 

 何か変なクスリでもやってるのか……。目がキマってるな……。


 ふらふらと歩いてくる男は威嚇するような目つきで俺達に近付いてくる。


「お前ら、ここはお前らみたいなお子ちゃまが来るトコじゃねぇ。さっさと消えな」

「人を捜しているでござる」

「あ?ここにはいねえよ。さっさと消えろ」


 ナツメさんは一歩も引かず男の前に立ちはだかる。そして大きく息を吸い込んで、


「キスケ――――――ッ!姉さんが迎えに来たぞぉ――――――――!!」


 店中に響き渡る……いや、店の外まで響くほどの大きな声で突然叫んだ。すぐ後ろにいた俺とアティアは思わず耳を押さえる。

 目の前の男も耳を押さえ顔をしかめる。


「つっ!デケェ声出すんじゃねえ!このアマぁ!」


 男がナツメさんに掴みかかろうとすると、ナツメさんはひらりと男の腕を躱し、流れるような動きでその腕を掴んで男を床にぶん投げた。

 床に叩きつけられ大きな音が響くが、男は床に仰向けになりながら目を白黒させている。自分が投げられたことに気付いていないようだった。


 丸テーブルに座っていた男二人が立ち上がった。


「おい!このガキィ!」

「テメェ―!」


 二人の男が立ち上がると同時にカウンター奥の扉の裏からバタバタと数人の足音が聞こえた。そしてその扉が勢いよく開くと、扉から若い男が飛び出して来た。


「姉さん!?」

「キスケ!」


 飛び出して来た男とナツメさんがお互いの姿を確認して叫んだ。この若い男がナツメさんの弟のキスケらしい。


 ……やっぱり!昨日の引ったくりだ。あのお守りを落としていった黒づくめの男だ。


 キスケが扉からこっちに来ようとすると、その後ろから伸びた腕がキスケの首後ろを掴み、そのままキスケをカウンターの方に乱暴に投げつけた。


「キスケ――!」


 キスケの方に駆け寄ろうとするナツメさんの前に二人の男が立ちはだかる。

 扉の奥からキスケを投げ飛ばした腕の男がゆっくりと姿を現した。


「何ギャーギャー騒いでんだ、テメーら」



 その男にも俺は見覚えがあった。

 

 昨日逃げた赤い服の男だ。昨日は薄暗くて気付かなかったが、赤い服の男の額には大きな傷跡があった。

 カウンターから出て来たその男は目を細めて俺達を睨んだ。

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