32.二度目の救出

 憲兵詰所を出て、昨日窃盗団がいた建物に向かって行った。

 時刻はもうお昼を回っていた。


 思えばこの街に来て、明るい時間に一人でゆっくり街を歩くのは初めてだな。念のため、通りを歩く人達を注意深く見ながら歩いて行く。


 もしかしたら昨日の黒づくめの男が歩いてるかもしれないと思ったけど、それはさすがに難しいか。


 

 

 大通りの角を曲がったところで、一区画ほど先の方で見覚えのある服装の女性が、別の女性の体を支えながら歩いているのが見えた。


 ……あれはアティア?だよな。

 隣にいるのは……もしかして……。


 

 あの黒いゆったりとした東方独特の服装。黒く長い髪。腰に差された刀。

 間違いない。ナツメさんだ。


 ナツメさんがアティアに体を支えられている。その体勢で二人はゆっくりと通りを歩いていた。駆け寄って後ろから声をかける。


「アティア!」

「ん?え?ラディー!」


 振り返ったアティアが俺に気付く。


 

「どうしたの?ラディー」

「どうしたって……アティアこそ。精霊院に行ってたんじゃ?」

「精霊院には行ったよ。それでお昼に何か食べようと思って外に出たら、この女性ひとがお腹空いて動けないって言うから助けてたの」


 

 虚ろな目を地面に向けてアティアにもたれ掛かっていたナツメさんが顔を上げて俺に目を向ける。光を濁らせた眼の焦点が次第に定まっていく。

 俺の顔を認識したナツメさんは目玉が出るかと思うくらい目を見開き、あわあわと開閉する口から声が絞り出される。


「ラ、ラディアスどの……?何故……?」

「え?ラディー、この人知ってるの?」

「ああ。ちょっとね……」


 

 俺はそう言いながら、アティアが支える反対側からナツメさんの体を支える。顔を真っ赤にしたナツメさんが左右にいる俺とアティアを交互に見ながら、


「本当にかたじけないでござる……。己の情け無さに腹を切りたい……」

「腹を切る前にまず何か美味しい物でも食べに行きましょうか、ナツメさん」

「うぅ……、ラディアスどのぉ……」


 俺達はとりあえず近場のレストランに入って行った。


 ◇◇


 レストランに着いてからもナツメさんの落ち込みは続いていたけど、アティアと二人で励まして何とかメニューを手に取らせて、食事を注文させることに成功した。

 まあ当然アティアもナツメさんの注文の量に驚いてだけど……。


 

 食事をしだして落ち着いたナツメさんが俺と会ったあの夜以降の話を教えてくれた。


 大体は俺の予想通りで、迷宮封鎖が始まったことで迷宮に入ることが出来なくなり、一瞬でお金は底をついたそうだ。

 全くアテの無い弟さん捜しも、手がかりが掴めていないそうで……。

 そうしてまた道端で行き倒れてしまったらしい。

 たまたま近くの精霊院にいたアティアが、お昼ご飯を食べに表に出たところで、フラフラと歩いているナツメさんを見かけたらしい。

 手を貸していたところに俺が現れたということだ。


 

 食事に手をつけながら、次第に落ち着きを取り戻したナツメさんが俺とアティアに深く頭を下げる。


「この度は本当に申し訳ない。ラディアス殿には一度ならず二度とまでも……。アティルネア殿も……本当にかたじけなく思うでござる…」


 アティアは両手を横に振って、

 

「いえ。大丈夫ですから。まさか既にラディーと面識があると思いませんでした」

「はい…。それも情けない出会いでしたもので……」


 俺と目が合い、申し訳無さそうに肩をすぼめた。

 俺は昨日引ったくりの男が落とした布の袋を懐から取り出してナツメさんに見せる。


「ナツメさん。これって弟さんのお守りではないですか?」

「えっ?ラディアス殿、何故このようなお守りを持っているでござる?」

「ちょっとね……。で、どうですか?弟さんのお守りですかね?」

「ちょっと見せてもらって良いでござるか?」


 俺はそのお守りをナツメさんに渡すと、ナツメさんはまじまじとお守りを色んな角度で眺める。そしてテーブルの上に戻すと、


「我ら東方のお守りであるのは間違いないのですが、これが弟のキスケの物かと言われたら……ちょっと分からないでござるな。少なくとも私が家に居た時にキスケはこのお守りを持っていなかったでござる」

「そう……ですか。東方の人は結構お守りって持つものなんですか?」

「旅に出る者は必ずと言っていいぐらい持っているでござる。旅や冒険の安全や成功を祈願するでござるからな」

「私達の加護のペンダントみたいなものだね」


 アティアが首に下げている精霊の加護を受けているペンダントを触りながら答えた。

 確かにこれもアティアの父ペリオン卿から成功を祈って頂いたものだもんな。



 ナツメさんが俺の顔を覗き込む。


「ラディアス殿は本当に優しいのだな。以前に少し話しただけなのに、私の弟の事までこんなに気にかけてくれるなんて」

「いえいえ、そんな大したことじゃないですから」


 ナツメさんからお守りを返してもらい、


「だとしたら、このお守りの持ち主は東方の人ってことぐらいしか分からないってことか……」


 

 ナツメさんが懐からお守りを取り出して、テーブルの上に置いた。

 

「ラディアス殿。以前、髪の毛があれば探索魔法で捜せるとおっしゃっていたが、もしやアティルネア殿がその使い手では?」

「おー!そうだった!アティア!髪の毛があればその人の場所探せるんだよな?」

「えっ?まあ、その人の髪の毛があれば分かると思うけど……。もしかしてそのお守りの中に?」

「弟のキスケの髪の毛が入っているでござる!何卒、これを使ってキスケの場所を探ってはくれませんか?」

「え、ええ……。まあ、やってみましょうか……」


 突然、弟さんの髪の毛入りのお守りを取り出したナツメさんに引いているアティアだけど、アティアも俺の髪の毛持ち歩いてるんだから、俺からしたら同じようなモンだけどね……。 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る