30.落とし物

薄暗い部屋で7人の男達と向かい合う。

 男達は手に短刀やナイフを手に俺の出方を窺っている。刃物を見せれば素手の俺が逃げると思ったのか、すぐには襲いかかって来ない。

 リーダーらしき赤い服の男が周りの男達に声を上げる。


「構わねえ!お前ら、痛めつけてやれ!」


 俺から一番近くにいた男がナイフを振り上げる。しかし全く殺すつもりのない、軽く傷をつけて俺を脅かすための攻撃。


 まあ、ひったくりを見ただけで命を狙われたらたまんないよな。


 

 振り上げた腕の手首を両手で受け止め、手首を捻りながらそのまま背負い投げで床にその男を叩きつけた。受け身を取れなかったその男が一瞬で気絶する。

 振り返った俺は床を蹴って駆け出し、男達の目の前のテーブルを蹴り上げた。勢い良く宙に浮かび、ひっくり返るテーブルに男達が怯む。


 怯んだ一人の鳩尾みぞおちに前蹴りを繰り出す。苦悶の声を上げて男がその場に崩れ落ちた。


 

「おらぁー!」


 別の男が短刀で腹を突きにきた。腰の入った全力の突きだ。左足を後ろに引いて半身になり最小の動きで躱すと、そのまま右肘を顔面に食らわせる。短刀を落とした男がその場で両膝をついた。そこへもう一発膝蹴りをお見舞いすると男が後ろへ吹っ飛び、大の字に床に転げた。



 うん。やっぱりこいつらは戦い慣れしてないな。これなら素手でも問題なさそうだ。


 赤い服の男が他の男達に、


「お前ら!そいつを抑えつけろ!」



 む。やっぱりそう来るか。


 最初に扉をぶつけられた男と、残りの二人が俺に向かって突進してくる。俺を抑えつけるための体当たりだ。

 身を屈めて突っ込んで来る男達の、右側の男の顔面にタイミングを合わせて飛び膝蹴りを放つ。綺麗に顔面に膝がめり込み、男の体が真後ろに倒れるのを服の襟を掴んで止めると、そのまま男の体を、体当たりしてくる残りの二人にぶつけた。


「ぐわっ!」「うおっ!」


 仲間の男をぶつけられた二人が声を上げて、その突進が止まった。俺はすかさず振りかぶった右拳を一人の顔面に打ち込み気絶させる。

 のびた二人の男を払いのけて、もう一人の男が俺の腰めがけて体当たりをぶつけてきた。


 俺は後ろにステップしながら低い姿勢で飛び込んでくる男の頭を床に抑えつける。男の体当たりを切り、腹ばいの男の上に覆い被さる形になった俺はそのまま男の頭頂部に膝蹴りを数発落とした。

 男が気を失ったのを確認してから立ち上がった。


 これで都合5人の男達を気絶させた。

 残りは赤い服の男と、黒づくめの男の二人だけだ。

 赤い服の男は短刀を手に、忌々しげな目を俺に向ける。


「ガキが……ふざけやがって……」

「鞄を返してくれたら、すぐに帰るけど?」


 俺が挑発的な言葉を向けると、赤い服の男が黒づくめの男の首根っこを掴み、小声で何か話し掛ける。そして黒づくめの男が前に歩み出る。


「君も戦うの?」


 俺の問い掛けに黒づくめの男が一瞬怯む。そして、


「うわぁぁーっ!」


 黒づくめの男が俺に向かって体当たりをかまして来る。捨て身の体当たりだ。

 足元に他の男が転がっているから左右には躱せそうにない。

 

 仕方ない。こいつも一撃で寝てもらうか。


 俺がその体当たりに合わせて身を低く構えると、突進してくる黒づくめの男の向こうで、赤い服の男が身を翻して部屋の反対側に走り出したのが見えた。


 

 しまった!アイツが鞄を持ってるのに!


 赤い服の男は黒づくめの男に特攻させてその隙に逃げるつもりだったんだ。

 そう気付いた時には黒づくめの男が目前に迫っていた。


「くそ!」


 突進してくる男の首元を掴み、相手の勢いを利用して足を引っ掛けて床に投げつけた。


「ぐがっ!」


 男が苦痛の声を洩らした。男の懐から何かが落ちた。

 だが俺は赤い服の男を追いかける為に、すぐに手を離し、赤い服の男が向かった方へ走り出した。

 部屋の反対側の扉を開けて、次の部屋に入るとその部屋にはもう一つの扉以外何もなかった。

 部屋を突っ切り、その扉を開ける。


「くそ!逃げられたか」


 

 扉を出ると、大通りに出て来た。ここは空き家になっている貸し店舗だったようだ。並びには同じような造りの建物や店舗が並んでいた。

 大通りにはまだ人が多く、逃げた赤い服の男の姿はもう何処にも見えなかった。


 

「鞄、取り返せなかったな……」


 仕方なく俺は倒した男達から話を聞こうと建物の中に戻っていった。


 

 元の部屋に戻ると、男達は床に転がったままだけど、黒づくめの男だけがふらふらと俺が最初に入って来た入口の扉に向かって歩いていた。

 俺が戻ってきたことに気付くと、慌てて扉から外に出て行く。


「あっ、ちょっと待て!」


 

 俺が転がる男達を超えて黒づくめの男を追いかけようとすると、倒れている男の一人が目を覚まして、床に転がったまま俺の足を掴んだ。


「う……ぐっ」

「邪魔っ!」


 掴む男の顔面に拳を落としてもう一度気絶させた。

 扉の外から憲兵の笛の音が聞こえる。鞄を取られた女性が通報したのかもしれない。だったらここに残って事情を話した方がいいかもしれないな。

 俺は足元に転がる青色の小さな物に気付いた。


 さっき黒づくめの男が落としたやつだよな。


 

 それを拾い上げた。小さな布の袋……。

 似たような物をナツメさんも持っていたな。もしかして……さっきの男がナツメさんの弟さん?


 俺はその袋を懐に仕舞うと、憲兵の笛の音が扉のすぐ側まで近付いて来ていた。


 


 この後俺は憲兵に事情を説明して、男達を憲兵に引き渡した。俺の事は通報した女性が、引ったくりを追いかけて行ったというのを証言してくれたおかげで、その場で憲兵に少し話をしただけで帰らせてくれた。

 けど改めて詳しく話を聞きたいと言われたので明日、憲兵詰所に行くことを憲兵と約束させられた。


  

 宿屋に戻る道中、さっき拾ったお守りと思われる布の袋をもう一度取り出した。


「これをナツメさんに見せたら弟さんの物かどうか分かるかな?」


 

 次いつナツメさんに会えるか分からないけど、会った時に見てもらおうと思い、そのお守りを懐に仕舞った。

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