23.夜の出会い

 二人と別れて宿屋に着くと、俺は部屋に荷物を置いて木剣だけを腰に差して、部屋を出る。

 そしてすっかり暗くなった街の中を走り出す。

 二週間ほど前から始めた俺の日課だ。

 家にいた時は毎朝続けていた走り込みだったが、ペルグナットに来てからは全然出来ていなかった。


 朝は迷宮探索の準備で忙しいので、こうやって探索が終わってから夜の街を走ることにしていた。


 まだこの街に来て日も浅いし、土地勘もないけど、地図は持たずにいつも違う道を走っている。

 そうすることによって、常に自分の宿屋の位置を意識して方向感覚が鍛えられるからだ。

 これが迷宮探索に役立つと思ってやっている。


 

 木剣を持っているのはあくまで護身用だ。

 使うことがないに越したことはないけど、何せ大きな街の夜だ。酔っ払いやゴロツキが多いので念の為に腰に差していた。


 

 俺はぐるっと街の外周近くを回り、大通りを避けるように路地を走る。

 ゆっくり走ったり、急に速度を上げたり緩急をつけて走っていた。


 そろそろ宿屋の方に帰ろうと思い、どの辺りに宿屋があるか考えながらそちらの方向へと向かう。


 通りから路地裏に入った所で月明かりに照らされた十字路に人影が見えた。

 思わず足を止めて身構える。その人影はふらりと俺の方に数歩近付いてくる。


 ……どうする?引き返すか?


 どうしようか一瞬考えたが、絡まれたら面倒だ。

 そう決断して振り返ろうとした瞬間、その人物がばたりとその場に倒れ込んだ。


 

 へっ!?倒れた?


 俺は咄嗟に腰の木剣に手をかけて、警戒しながらもその倒れた人の所に近付く。

 黒い服に身を包んだその人は腰まである髪を一つに束ね、地面にうつ伏せに豪快に倒れ込んでいた。


 

 ぐ〜〜〜……。

 

 えっ?えっ?行き倒れ!? 


 

 何とも締まりの無いお腹の音が聞こえてきた。明らかに倒れている黒尽くめの人のお腹の音だった。

 

 倒れたその人がゆっくりと顔を上げる。

 焦点のズレた目と目が合った。


「な……何か……」

「ど、どうしました?大丈夫ですか?」


 倒れ込むその人の側に屈むと、


「た、食べ物をいただけ、ませんでしょうか?」


  

 思わずキョトンとしてしまった……。

 うつ伏せに倒れたその人が俺に手を伸ばす。

 俺はその手を取ると、


「お腹が空いてるだけなんですね?怪我とかはありませんか?」

「あ……はい。大丈夫でござる……」

「分かりました。起こしますよ。立てますか?」


 俺がその人を起こすと、ふらつきながらもなんとか一人で立ち上がった。

 月明かりに照らされたその人の顔がハッキリと見える。


 生気はないけど、切れ長の黒い瞳の綺麗な女性だった。東方独特のゆったりした黒い服を着ていた。


「今は食べ物を持っていないので、近くのレストランに行きましょう。この時間ならまだ開いているはずですから」


 そう言われた女性が俺の顔を見たが、すぐにまた表情が曇り、


「しかし……私は……。お金が……」

「いいですよ。俺が多少持ってますから。行きましょう」


 女性が勢いよく頭を上げて、そして下げた。


「かたじけない!かたじけない!本当に……」

「ははは。大丈夫です。行きますよ?」


 こうして俺はその黒尽くめの女性と共に近くのレストランに入って行った。



 

 テーブルの向かい側に座った女性はオドオドしながら俺の顔を覗き込む。 


「いや、その…。私、あの……」

「それじゃ、注文しましょうか?何か食べたい物とかありますか?」


 俺に問われた女性は明らかに挙動不審だ。さっきからずっと顔を伏せてボソボソと消え入りそうな声で何か呟いている。

 

「本当に申し訳ない……」


 

 倒れている時には気付かなかったけど、その女性の腰には湾曲した刀が下げられていた。


 ……刀か。服も東方の物だし、あちらの方の剣士かな?


 

 テーブルに置かれた水を飲んで少し落ち着いたのか、生気のなかった顔に血色が戻ってきたようだ。

 そしてテーブルに身を乗り出して俺を真っ直ぐ見つめてくる。


「ほ、本当にいいのでござるか? ご馳走になっても?」

「ええ。いいですよ。これも何かの縁です」

「おぉ……本当に……かたじけないっ!」


 

 テーブルにぶつける勢いで頭を下げてきた。


「ええ。構いませんよ。ちょうど俺も小腹が空いてましたし」

「す、すまんな。本当に助かる。あ、私はナツメと申す」

「俺はラディアスです。じゃあ、早速注文しましょう」


 

 俺が手を挙げて呼ぶと、女性の店員が注文を聞きに来た。


「お待たせ致しましたー。ご注文はお決まりですか?」


 俺はメニューに目を通してなかったことに気付き、テーブルに置いてあったメニュー表をナツメさんに手渡した。


「どうぞ。何でも好きな物を注文してください」

「ほ、本当に、な、何でもいいのか? ラディアス殿」

「ええ。いいですよ」

「じゃ、じゃあ…遠慮なく……」


 ナツメさんは店員さんにメニュー表を見せながら、注文するものを指差していく。


 五品目の注文あたりで店員さんが覚え切れずにメモを取り出した。

 十品目あたりで店員さんの顔が固まった。


これぐらいかな」

「か、かしこまりました。しょ、少々お待ち下さい」


 店員さんが顔を引きつらせながらテーブルを離れていった。


 

 えっ?食べれんの? 今、十二、三品ぐらい注文したよな?


「えっと、今注文した分て、俺の分も?」


 ナツメさんが顔を伏せて小さな声で答える。


「せ、私が食べる分でござる……」


 

 ……あー。この人、沢山食べる人だ。

 

 姉上と同じだ。姉上も俺の倍以上食べてたもんな。


 注文した物が届くまでの間、恥ずかしそうに顔を伏せるナツメさんにいくつか質問をしてみる。


「あの、ナツメさんは東方の出身なんですか?」

「そうでござる」


 特徴的な喋り方と服装。何より腰から下げた刀。俺が文献で知っている東方の剣士そのまんまのイメージだった。


「で、剣士なんですね?」

「そうでござる。家が剣術の名家で、幼少の頃から嗜んでおった」


 俺と同じだな。

 何か凄い親近感が出てきた。


 そして、一番疑問に思っていた事を質問する。


「でも何であんな場所で倒れてたんですか?」

「う……面目ない……。実は……」


 ナツメさんが話しかけたところで、女性店員が何品か食事を持って来た。

 俺はナツメさんの話を制して、


「どうぞ、先に食べてください。お腹空いてるんですよね?」

「す、すまぬ。で、では失礼して……」


 ナツメさんがズラリとテーブルに並んだ料理を勢い良く食べていった。

 俺も少し小腹を埋める程度の食事を済ませ、ナツメさんが食べ終わるのを待った。


 

 ひとしきり食べ終わったナツメさんが満足そうな表情でまた俺に頭を下げた。


「ラディアス殿!本当にありがとう。この恩は必ず……」

「いや、ははは。ところでさっきの質問ですけど……」

「あ、そうであったな。実は弟を捜しにこの街に来たのだが……」



 弟?それで行き倒れ?


 ナツメさんがそのまま話を続ける。


「急いで来たので、お金を忘れてしまって……。それで弟も見つけられずに……」

「あそこで行き倒れてたんですね」

「う……。面目ない」


 しょぼんと項垂れるナツメさん。


 

 そういえば、

 ……今、あんまりお金持ち合わせてないけど、ここの勘定足りるかな?

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