15.お迎え

 呟いたジルノートさんに俺が小声で尋ねる。

 

「厳しい……っていうのは?」

「体の傷は癒せても、心の傷はなかなか癒せないものなのよ。彼女パルネが冒険者を続けるのは厳しいかも……という意味よ」


 ジルノートさんは俺にだけ聞こえるよう小声で話してくれた。


 

 オディリアさんが俺の肩をポンと叩く。

 

「ほな、ウチらは行くわな。これも何かの縁や。また何かあったらまた力になったるから何時でも言っておいで。あ、この守銭奴は何でも金取るからな、あんまり下手に頼み事したら……、いでででー」


 ジルノートさんがまたオディリアさんの頬をつねった。

 

「ウフフフ。それじゃ、私達はこの辺で失礼するわね。お大事にね」


 ……ジルノートさんがオディリアさんの頬をつねりながら、二人は医務室から出て行った。


 二人ともAランク冒険者……なんだよな?


 

 二人を見送った俺がアティアとパルネの方に振り返ると、パルネと目が合った。


「ラディー……。ゴメンなさい……。アタシ……また迷惑掛けちゃったね……」

「気にするな。迷惑じゃないよ」

「でも……」


 俺もパルネのベッドの側に移動する。

 アティアがパルネの頭を撫でながら、


「そうだよ。気にしないで、パルネ。それより体は大丈夫? 痛い所とかない?」

「うん。ちょっと頭がフラフラするけど、体は痛くない……」



 ジルノートさんが言ったように、パルネは体のダメージより俺達に迷惑を掛けたという心のダメージの方が大きいみたいだ。


 その為にはあのトラップルームを作った奴……間違いなくギーエン達だと思うが。

 あいつらからパルネを完全に切り離さないと。


 アティアがパルネの顔を覗き込む。

 

「このまま朝までこの部屋を使っていいか、聞いてこようか? 宿屋に戻るの大変でしょ?」


 パルネが首を横に振る。

 

「ううん。宿屋に帰るよ。慣れない場所だと落ち着かないし、ここだと……、他の冒険者の声とか聞こえてくるし……」


 時刻はもう夕方頃だろうか。

 ギルドに併設されたレストランの客が増えだしたのか、わずかにレストランからの声がこの医務室にも聞こえてくる。


 俺とアティアが目を合わせ、

 

「分かったよ。パルネ。じゃあ、君の宿屋まで送るよ。それと、明日は迷宮探索はしないから、一日ゆっくり休んでくれ」


 パルネが顔を上げて、俺とアティアを見る。

 

「いいの? 二人とも?」

「うん。大丈夫だよ。私達もゆっくり休むからパルネもしっかり休んで」

「……うん。分かった…」



 俺とアティアでパルネを支え、ギルドを出ることにした。出る時にディーガンさんに声をかけられた。

 

「パルネさん。大丈夫かい?」

「はい。もう大丈夫です。ありがとうございました」


 俺達三人はディーガンさんに会釈して、ギルドを後にした。


 

 そのまま街の中を抜け、パルネが使っている宿屋へと移動する。

 

「パルネ。念の為に聞くけど、この宿屋の場所はギーエン達には知られてないよな?」


 パルネとアティアがハッと俺の方を見る。


「う、うん。知らないはずだよ」

「そうか。でもくれぐれも気をつけてな」

「うん。大丈夫だよ。心配してくれてありがと。ラディー」


 パルネを宿屋に送り届けて、俺とアティアも自分達の宿屋へ帰って行った。



  

 俺が自分の部屋の椅子に腰掛け、ひと息つくと扉がノックされる。


「入るよ。ラディー」


 アティアが自分の部屋に荷物だけ置いて、すぐに俺の部屋にやって来た。


 当然、俺達は明日からのことを話し合うつもりだ。

 だが、その前に……。


「アティア。パルネの治療費、出してくれてありがとうな」

「うん? ああ、大丈夫だよ」

「でもあんな大金よく持ってたな」

「ああ〜。あれはお父様が持たせてくれたお金なの…」

「ペリオン卿が!?準備してくれてたんだ」

「…うん。私は要らないって言ったんだけどね。でも役に立って良かったよ」

「そうだな。ペリオン卿の計らいに感謝だな」

「ただの親バカだよ」


 意外とアティアは辛辣なことを言うなーと思いながら、話の本題に移る。


「で、アティア。パルネをどうする?」

「私はパルネの意思を尊重したいかな? でも【トゥウガ】に戻るのだけは反対する」

「そうだな。そこは俺も同意見だ。ギーエン達が何を勘違いしてるのか分かんないけど、パルネを殺そうとしたのは事実だからな」

「でもどうやって助けるの?」


 アティアにそう問われて、考えるが良いアイデアが浮かばない……。

 アティアが俺の顔を覗き込む。


「ねえ。ラディー。パルネのこと、どう思う?」

「え? どうって?」


 少し戸惑ったが適当な言葉が浮かばない。まあ、少し運が悪い可哀想な娘だと思ってるけど……。


「あの、その、女性としてどう思ってる?」

「へっ? 女性として?」

「…そう。可愛いなとか、そういうの!」

「あー……」


 考えたこともなかったな……。

 んー。ま、子犬みたいに可愛いとは思えなくもないけど……。


「別になんとも……」


 アティアが更に俺の顔を覗き込む。

 

「ホントに? 何も思ってない?」

「うん。パルネには失礼だけど、女性としては見れてないかな? 何で?」


 アティアは少し安心したように、

 

「そう、分かった。じゃあ、ひとまずあの【トゥウガ】から守るっていうことで私達のパーティーに入ってもらう?」


 ……俺の質問の答えがスルーされてる気がするけど……。まあ、パルネを守る為に正式にパーティーに入ってもらうのは考えていたことだから、いいけど。


「ああ。俺もそれがいいと思う」

「そうだよね。じゃあ、明日パルネに聞きに行こっか」

「ああ。まあ、すんなりあの【トゥウガ】がパルネを抜けさせてくれるか問題だけどな」

「それはその時に考えようよ」

「ああ。分かった。そうだな」


 

 俺とアティアは明日、迷宮には入らないとパルネと約束していたが、正式にパーティーに入ってくれるのか聞くために、パルネの宿屋に行くことを約束して今夜の話し合いを終えた。


 ◇◇


 翌朝と言っても、もうお昼近くになっていたが、俺とアティアはパルネの宿屋に向かった。


 パルネの部屋の前に来て、部屋の扉をノックする。

 

「パルネ。いる? アティアだけど…」


 返事がない。扉には鍵が掛かっていて入れなかった。何処かに出掛けたのか?


 俺達は宿屋のカウンターに行き、パルネを見なかったか尋ねる。

 すると、


「ああ。あの獣人の娘ならパーティーメンバーの人達と今朝、一緒に出て行ったよ」


 パーティーメンバー?

 それって……。


 

「他の四人が迎えに来てたよ。それがどうかしたのかい?」


 俺とアティアは宿屋を飛び出して、ギルドに向かって走り出した。


 やられたっ!

 先にギーエン達に動かれてしまった!

 何で朝一にパルネの所に行かなかったのか、自分を責めながら俺とアティアはギルドへと急いだ。

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