13.セティボスの赤と青

俺達の先頭を走るオディリアがアティアに向かって声を上げる。


「今、ねーちゃんが索敵してるんか?」

「え? そうですけど……?」

「索敵はいらん。その子に回復魔法をかけ続けたり。んで、最短ルートの道順だけウチに教えてくれたらええわ」

「でも、モンスターが……」


 オディリアが歩く速度を落とさず、俺達の方に振り返る。

 

「ウチが蹴散らしたる。任せとき」


 オディリアが背中に背負った自らの身長と同じくらいの大斧ハルバードを両手に持ちかえた。


「ちょっとスピード上げるで! あんたら!」


 

 オディリアが小走りになり、俺も出来るだけパルネの体を揺らさないように小走りになる。

 俺の顔の横に背中に乗せたパルネの顔が見えるが、呼吸が荒くなり、血の気が失せてくるのが分かる。


 ……マズい、急がないと。


 

 前を走るオディリアの向こうにバウンドドッグが数匹見えた。

 反射的に俺は走るスピードを落とそうとすると、


「そのまま来い! ウチが切り開く!」


 

 オディリアが走り出し、あっという間にバウンドドッグ達との距離を詰めて、手に持ったハルバードをまるで重さを感じさせずに振り回す!


「ギャウンッ…!」「ガバァーッ…!」


 数匹いたバウンドドッグが瞬く間に両断されていった。

 オディリアのハルバードを辛うじて逃れたバウンドドッグに俺が魔法を放つ。


雷撃ヴァルボット!」


 

 手の平から放たれた雷撃がバウンドドッグを直撃し、バウンドドッグが動かなくなる。


 オディリアは走りながら、

 

「へー! 無詠唱かっ! やるなぁ、兄ちゃん!」

「ラディアスだ。俺はラディアス」

「ラディアスか。そっちの姉ちゃんは?」

「私はアティア」

「ラディアスとアティアやな。よろしく頼むわ。ほな、急ぐでっ」


 バウンドドッグの群れを退けた俺達は9階層に上がる階段までたどり着いた。


 


 そのまま俺達は、アティアがオディリアに最短のルートを指示して、そのルート上に現れたモンスターはオディリアが撃退する、を繰り返して1階層まで戻ってきた。


 

 オディリアの強さは圧倒的だった。

 現れたモンスターのほとんどを一撃で両断し、取りこぼしたモンスターをアティアの魔法か、俺の雷撃で倒すという感じだったが、結局8階層より上は俺もアティアも魔法を使わずにオディリアの突進に付いていくだけで戻って来れた。


 

 地上へ上がる階段を駆け上がり、俺達はギルドカウンターに向かう。

 女性の職員を見つけ、声をかけようとすると、その職員は俺が背負っているパルネにすぐに気付き、カウンターの端を指差す。


「こちらです! こちらから医務室に入れますので、どうぞ」


 パルネを背負ったまま、職員の後に続いた。

 職員が医務室の扉を開け、ベッドを指差す。

 俺はその上にパルネを寝かせる。


「今、治癒師を呼んできます!」

「すいません、お願いします!」


 

 職員が医務室を飛び出すと、入れ違いでギルド長のディーガンさんが医務室に入ってきた。


「ラディアス君! 大丈夫かね?」

「俺は大丈夫です」

「その娘は……【トゥウガ】の娘だね?」

「はい。そうです」


 医務室の扉が開いた。

 治癒師が来たと思って、俺達がそちらを見ると、そこにはオディリアと青い髪の美しい女性が現れた。


「ジル! この子や。頼むわ」

「あらあら……。ちょっと診せてもらおうかしら…」


 オディリアにジルと呼ばれたその女性はパルネが横たわるベッドの側に跪くと、パルネの額に手を当て、腹部の傷を確認する。


「あらあら…。だいぶ出血したみたいね……」

「どうや? ジル。大丈夫そうか?」


 その女性はオディリアと俺達の方に顔を向けると、

 

「うん。問題ないわ。任せて」


 

 そう言って微笑むと、魔法の詠唱を始める。

 やがて腹部に当てた手が橙色の光を帯びる。


「……大回復ヒアレイン


 優しい声が医務室に響き、光を帯びた手をパルネの体全体にゆっくりかざしていく。

 青ざめていたパルネの顔色が良くなり、荒かった呼吸がみるみる落ち着いていく。


「すごい……」


 アティアが俺の横で思わず感嘆の声を漏らした。ディーガンさんも俺の隣から身を乗り出し、その様子を見守る。

 回復魔法をかけ終えた女性が俺達の方に振り返る。


「もうこれで大丈夫よ。よく頑張りました」

「ホンマか。良かった良かった。ありがとな、ジル」


 オディリアとその青髪の女性の顔を見て、ディーガンさんがあっと声を上げる。

 

「君達は【セティボス】の二人かね?」

「ああ。そや。あ、ごめんやで。ギルド長さん。勝手に医務室使ってもうて」

「いや、別に構わんが、そちらの回復魔法をした貴女は〈深青しんせいの女神〉か?」


 深青の女神?


 

 青髪の女性が照れくさそうに目を伏せる。

 

「えっと……。はい…。【セティボス】のジルノートと申します」

「おお!【セティボス】がこのペルグナットに来るという報告は受けていたが……。そうか、貴女が〈深青の女神〉ですか」

「あまりその二つ名で呼ばれるのは……ちょっと恥ずかしいです……」

「いや、すまんね。ということはそちらの貴女は……〈セティボスの赤月あかつき〉殿かね?」


 セティボスの赤月?

 俺はディーガンさんにそう呼ばれたオディリアを見る。


「そやで。ウチが〈セティボスの赤月〉オディリアや」


 

 俺がディーガンさんに小声で尋ねる。


「あの…ディーガンさん。【セティボス】って、冒険者パーティーですか?」

「ああ。そうだよ。ラディアス君。サリーデを拠点に活動しているAランクパーティーだよ」


 Aランク!!


 

 俺が思わずオディリアの顔を見ると、オディリアがドヤ顔で俺を見る。

 

「そやで、ラディアス。ウチのパーティーはこのペルグナットに拠点を移すことになったんや。もっと尊敬して、敬ってもかまへんで!」


 ジルノートさんがオディリアの頬をつねった。

 

「いででで! 何すんねん?ジル!」

「ごめんなさいね~。この娘、すぐに調子に乗るから」


 ジルノートさんはニコニコしながら、オディリアに顔を向けると、オディリアは怯えたようにジルノートさんから目を逸らした。


 あっ。ジルノートさん静かに腸煮えくり返るタイプの人だ……。 

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