10.二人の確信

 後ろのテーブルから立ち上がった男がギーエンのすぐ後ろまで歩み寄って来る。


「おい、小僧。お前、今、なんつった?」


 俺は凄む大男を一瞥すると、すぐに視線をギーエンに戻す。

 ギーエンが振り返り、その男を睨む。


「下がってろ、バンガス。俺が話をつける」


 

 バンガスと呼ばれた男はギーエンにそう言われ、再び席の方に戻った。

 ギーエンが俺の方に振り返り、申し訳なさそうな顔で俺を見る。


「俺の仲間がすまない。分かるよ。君の言いたいことは分かるよ。それで……、まずお二人の名前を聞かせてもらっていいかい?」

「俺はラディアスで、そっちはアティルネアだ」

「ラディアス君とアティルネアさんだね。改めて、俺達の仲間のパルネを助けてくれてありがとう。礼を言うよ」


 

 ギーエンが俺とアティアに交互に目をやる。


 「それと、ラディアス君のさっきの疑問だが、もっともな意見だと思う……。だが誓って俺達は意図してパルネを置いて来たわけじゃないんだ。リーダーの俺が不甲斐ない為に、パルネを危険な目に合わせてしまった…。本当に申し訳ない」


 俺はギーエンとその後方のテーブルにいる【トゥウガ】のメンバーに目をやった。


 ギーエンは先ほどから俺とアティアの機嫌を窺うように言葉を続けてくるが、他の三人は一切俺達の方を見ようともしない。さっき立ち上がったバンガスですら、席に戻ってからは全くこちらを見てこない。


 

 これは確定かな?


 ちらっとパルネの方を見ると、ギーエンから隠れるように俺達の後ろから出て来ない。


 するとアティアがギーエンに向かって口を開く。

 

「あの、ギーエンさん。一つお願いがあるんですけど、よろしいですか?」

「おぉ。アティルネアさん。何でも言ってくれ。俺に出来ることなら、お礼でも何でもさせてもらうよ。何せパルネの命の恩人なんだから」


 大げさな動きをつけて話すギーエンに対して、努めて冷静にアティアが返す。


「私達は先ほどEランクに昇格したんですが、少しの間、パルネを私達の10階層までの道案内としてお借りしてもいいでしょうか?」


 ギーエンの眉がぴくっと反応し、【トゥウガ】の三人も同時に視線が動いた。


「……昇格。それはおめでとう。そうだね……、分かったよ。俺達もパルネをあんな目に合わせてしまったんだ。反省の意味も踏まえて、しばらくはパルネ抜きで活動するよ」

「応じていただき、感謝致します。では二、三日でパルネはお返し致しますので……。パルネもそれでいいよね?」


 

 アティアがパルネの方に笑顔を向ける。


 幼馴染の俺は分かる……。

 アティアの目の奥は、全く笑っていない。

 それどころか、腹わた煮えくり返ってます、という目をしている……。


 

 パルネはその迫力を本能で感じたのか、小さく何度も頷く。

 

「う、う、うん。い、いいよ」

「決まりですね、ギーエンさん。では、パルネはお借り致しますので、私達はここで失礼させていただきます」


 アティアはギーエンを一瞥して、踵を返すとパルネの肩に腕を回してレストランの出口に歩いて行く。


 俺も呆気に取られているギーエンに一礼すると、アティアとパルネに続いてレストランを出た。


 


 早足で歩くアティアにようやく追いつく。

 

「アティア。パルネを借りるって……」


 歩く速度を緩めたアティアが俺を見る。


 

 あっ、やっぱりかなり怒ってるね……。


「だってラディー! 何よ、あの態度! おかしいじゃない! 死んでたかもしれない仲間が無事に帰って来たのに!」

「まあ、確かにおかしいよな」

「絶対におかしいよ! だからパルネ!」

「は、はい!」

「今日はあの【トゥウガ】の人達がどんな人達なのか、しっかり教えてくださいね!」

「うん。わ、分かった」


 

 アティアは早足のまま、目についた近くのレストランにパルネを連れて、入って行く。

 当然俺も付いていき、この後パルネからどういった状況で【トゥウガ】とはぐれ、迷宮に置き去りにされたのか、詳しく話を聞いたのだった。


 ◇◇


「ギーエン、どうすんのさ? パルネ、生きてたじゃん」


 ギーエンは忌々しそうな表情で、三人が座るテーブルに戻って来る。


 そして向かい側に座る女に尋ねる。

 

「ロマーリア。魔術発動の呪符はまだあったよな?」

「あ、ああ。あるけど……。まさか、コレを使ってパルネを?」

「12階層から生きて帰ってきたんだぞ? しかも5階層まで一人で逃げてきたって言ってたからな。迷宮のモンスターじゃ、アテにならねえ」


 ギーエンの隣に座るバンガスがギーエンに話す。

 

「たまたま生きて帰ったんじゃねえの? また置き去りにしちまえば……」

「バカか!? お前! もうその手は使えねえよ」

「へっ? 何で?」


 バンガスが首を傾げながら、向かい側に座る女二人の仲間の顔を見ると、一人の女がタメ息まじりで答える。


「あのな…バンガス。パルネはしばらくあの生意気な二人と行動するんだ。だから、もう迷宮に一人きりにさせんのが難しいんだよ!」

「あ…。そっか、なるほど…」


 バンガスが納得したのか、してないのか何度も頷きながら宙を見る。

 ロマーリアではない方の女が、身を乗り出し小声で、

 

「ギーエン……、その魔術発動の呪符であの二人ごと……」

「あの部屋のことをパルネがあの二人に話してるか分からねえ。だが、10階層ならあの三人が全滅しても、誰も怪しまねえだろ?」

「まあ、Eランクに上がりたてって、言ってたからな」


 ギーエンの口角が陰険に上がる。

 

「なら、早速準備にかかるぞ。明日にはあいつらまた迷宮に潜るだろ」

「え?今から準備に行くのか?」

「さっさと行かねえと、朝までに間に合わねえ。行くぞ」

「あぁー!くそっ!めんどくせぇー」


 【トゥウガ】の四人はブツブツと文句を言いながら、ギーエンを先頭にレストランを出て行った。

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