9.再会

 パルネは動揺して視線がせわしなく動いている。

 アティアがその様子を見て、優しくパルネの肩に腕を回した。

 俺はパルネの対応をしていたギルド職員に尋ねる。


「この子…、パルネの仲間がもう迷宮から出てるって本当なんですか?」

「はい。【トゥウガ】の四人は既に探索終了の報告が済んでおります」

「そんな……パルネがまだ迷宮に残っていたのに?」


 

 ギルド職員が手元の石板に視線を落とす。

 

「はい。えー、報告によりますと『パーティーメンバー1名と迷宮探索中に意図せず離脱。捜索を試みるも自分たちの物資ならびに魔力の限界に達し、捜索を断念』と、報告にはあります」


 

 つまり自分達の身が危なくなったから帰って来たということか……。

 確かに迷宮で、闇雲に捜索してもかえって全滅のリスクが高くなる。

 だから仲間とはぐれた時は非情にならないといけないというのも解るけど……。


 パルネは職員のその報告を焦点の定まらない目をしながら聞いていた。

 アティアがパルネの顔にぐっと自分の顔を寄せる。


「でも良かったよ。パルネ。仲間もパルネも無事に地上に帰って来れたんだから。パルネの仲間もずっとパルネを探してたら、誰かが欠けていたかもしれなかったんだし」


 アティアの言う通りだ。

【トゥウガ】のリーダーは苦渋の選択で捜索断念をしたんだろう。

 パルネよりも早く地上に上がって来たのは、再捜索をするための準備を急ぐ為だったかもしれない。


 どちらにしてもパルネのパーティーは誰も死なずに戻って来れた。それは紛れもない事実なのだから。


 まだ少し動揺しているようだったが、パルネはアティアに向かって無理に笑顔を作って見せる。

 

「うん。ありがとう。アティア」


 アティアもパルネに対して笑顔で応えた。

 そこで、ギルド職員が俺達を呼んだので、俺達は魔晶の買取り金と、真新しいEランク冒険者のタグを受け取った。



「じゃあ、腹も減ったし、何か食べに行こうか」

「あっ! じゃあ、アタシが奢るよ、二人とも」

「いや、奢るのはまだ先でいいよ。今日は普通に食べに行こう」

「? 何で? ラディー?」

「まだこの街の高くて美味い店を知らないからな。そういう店を見つけた時に頼むよ」

「ええー! 高いお店~!?」


 

 パルネが大袈裟に驚く。

 アティアもいたずらっぽく笑うと、

 

「意地悪だねー。ラディー」


 俺は手を軽く上げて応えると、出口の方に歩き出す。

 

「さ、じゃあ二人とも行こうか」


 俺達はギルドを出て、町へと入った。



  

 結局、俺達はパルネが普段からよく行くというレストランに入った。

 満席というほどではなかったが、テーブル席はほとんど埋まっていた。一般客よりもどうやら冒険者の方が多いみたいで、探索帰りの冒険者たちがそれぞれに食事やお酒を楽しんでいた。


「ここはねー。安いし美味しいんだよ。それにお酒の種類も多い!」

「なるほど……。冒険者も多いな……」


 ギルドで冒険者たちが俺達のような新参者を品定めするような視線には慣れたつもりだったが、この店でも冒険者たちの好奇の目に晒された。


 だがレストランという場所のせいか、彼等も一瞬俺達に視線を移すという程度で、あまりジロジロと見てくる冒険者は居なかった。


 奥のテーブル席に空きを見つけたので、三人でそちらの方に移動しようとすると、急にパルネが立ち止まった。


「どうしたの? パルネ」


 

 アティアの問い掛けに応えず、パルネは前を凝視している。その表情には戸惑いが見える。

 視線の先には四人の冒険者らしき若者がテーブル席で楽しそうに談笑していた。


「【トゥウガ】……」


 

 小さく呟いたパルネの一言で、パルネが何を見たのか解った。

 その四人の内の一人がパルネに気付き、大きく目を見開き、他の三人も釣られてこちらに視線を向ける。

 その四人の会話は止まり、パルネを見つめる。


 すると、その中の一人の男が立ち上がり、こちらに歩いてくる。


「パルネ! パルネ、無事だったんだな! 良かった!」


 その男は大袈裟に両手を広げ、パルネに近付いてくるが、パルネが無意識に後ろに下がり、俺とぶつかる。

 他の三人に目をやると、三人ともこちらに目を合わせようとしない。


 

 近付く男に向かって、パルネが声を絞り出した。

「ギーエン……。帰って来てたんだね……」

「ああ。本当にすまない。パルネ。あれから一生懸命探したんだが、ロマーリアとナタルナの魔力が尽きかけた上にポーションもほとんど使いきってしまってな……。それで泣く泣く帰還したんだ」

「そう……だったんだね」

「そう! それで、明日の朝一番にまた捜索するための打ち合わせをここでしてたんだ」


 パルネはこのギーエンという男と目を合わせないようにうつ向きながら、左手で隣にいるアティアの袖を掴んでいる。


 ギーエンが俺とアティアに目を向けた。

 

「君達がパルネを助けてくれたのか?」

「ああ。そうだ」

「そうだったのか! 本当にありがとう。彼女は俺達の大切な仲間だ。パーティーを代表して礼を言うよ」

「いや、別に……」

「おっと、紹介がまだだね。俺は【トゥウガ】のリーダー、ギーエンだ」


 

 俺はチラッとギーエンの冒険者タグに目をやる。

 Dランク冒険者だった。

 ということはあとの三人のうち、二人はDランクということか……。


 ギーエンが更に言葉を続ける。

 

「で、君達は12階層でパルネを助けてくれたのか? 見たところ、Eランクみたいだけど?」

「いや、俺達がパルネを見つけたのは5階層だ」

「アタシが5階層まで、一人で逃げてきたから……」


 ギーエンの眉が大きく上がる。

 

「おおー! 本当か!? 5階層まで一人で逃げれたのか」

「うん。何度も死ぬかと思ったけどね……」


 

 暗い声で答えるパルネに、わざとらしく大きな仕草で反応するギーエン。

 俺とアティアはこの二人……、いやパルネと他の【トゥウガ】のメンバーとの温度差に違和感を感じ出した。


 突如いなくなったメンバーが生きて帰ってきているのに、迎えに来たのはギーエンだけ。他の三人は座ったままで、目も合わせようとしない。


 

 ギーエンが更に半歩、パルネに近付こうとして、俺とアティアが同時にギーエンとパルネの間に割って入った。

 ギーエンが俺の顔に視線を向ける。


「ギーエンさん。一つ聞いてもいいかな?」

「ん? 何だい?」

「あんた達、本当に迷宮でパルネを見失ったのか?」

「……それはどういう意味だ?」


 ギーエンが目を細めた。


「いや、見失ったんじゃなくて、にしたんじゃないかと思ってね」


 

 その俺の言葉が聞こえたのか、【トゥウガ】の三人の腰が椅子から浮いた。

 すぐにギーエンが手を挙げて、後ろの三人を制した。

 俺の後ろでパルネが俺の服を掴む。


 ギーエンが俺を睨み付ける。

 

「何だと?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る