7.迷子の冒険者

 トカゲ型モンスターに向かって走る俺の後方からアティアが叫ぶ。


「こっちだよっ!」


 トカゲ型から逃げる人影はその声に反応し、転びそうになりながら、全速力でアティアの方に向かう。


 !? 女の子?


 

 俺はすれ違いざまにその人影が冒険者の女の子だと分かった。

 体は傷だらけで、服もかなり破れているのが見えた。


 その女の子とすれ違い、追いかけてきていたトカゲ型に剣を振る!


「ふんっ!」


 トカゲ型はその巨体に似合わず、素早い動きで横に躱し、その足を止めた。

 俺の一撃はそのトカゲ型の足を掠めただけで、ほとんどダメージは与えていない。


 俺はチラッと後ろを見ると、逃げていた女の子がアティアの体に飛びついた。

 アティアがこちらに向かって大きく頷き、親指を立てた。


「アティア! コイツは俺一人でやる! その子を回復してやってくれ!」

「分かった!」


 

 俺は視線をトカゲ型に向けると、長い舌をシュルシュルと出し入れし俺の様子を窺う、トカゲ型と目が合った。


 大蜥蜴おおとかげという、5階層より下の階層ではかなり多く出現するモンスターだと知ったのは、のちの事だった。

 対峙している大蜥蜴はトカゲというより牛のような体の大きさだった。

 人の頭蓋だったら、軽くひと噛みで潰せそうなくらい大きく、強靭そうな顎。前脚の長い爪。そして長い尾の先には鋭い棘が何本も付いている。


 ここまで俺達が倒してきたモンスターよりも明らかに格上の存在感だった。


 先に動いたのは俺だった。

 大蜥蜴との距離を一気に詰めると、大蜥蜴はその動きに反応して、横へ躱そうとする。


 やっぱりっ!コイツは後ろに下がれないっ!


 

 四本脚の動物は真後ろに下がるのが苦手だ。

 大蜥蜴が左右のどちらかに避けると読んでいた俺は、大蜥蜴が動いた方に方向転換して一気に近付く!

 焦った大蜥蜴が前脚を振って、俺を薙ぎ払おうとするが、その前脚に合わせて俺が剣を振った!


「しゅっ!」


 大蜥蜴の振った右前脚が縦方向に両断され、目を大きく見開いた大蜥蜴が更に俺に向かって、長い尾を振る!


 それも読んでるよっ!


 大蜥蜴の尾を斬り落とし、体と斬り離された尾が俺の後方でドスンと音を立てて地面に落ちた。


 大蜥蜴が必死に俺と距離を取ろうとして、残った三本の足をバタつかせるが、そんな余裕は与えないっ!


 

雷撃ヴァルボット!!」


 

 俺は雷撃魔法を自分の剣に付与する。その雷撃は剣に埋め込まれた雷石らいせきに吸い込まれ、刀身が雷撃を帯びた。


「しゅっ!」


 

 一閃した俺の剣は大蜥蜴の首を捉えた!

 ボトリと大蜥蜴の頭が地面に落ちると、黒い煙と共に、大蜥蜴の体が一握りの魔晶に変化した。


 討ち取れたか……。


 

 安堵した俺がアティアの方に振り返ると、座り込んだアティアは女の子に治癒魔法をかけて傷を癒やしながら、俺に笑顔を向ける。


 俺は剣を納め、魔晶を拾うと二人の元に歩み寄る。女の子は体を小刻みに震えさせながら、アティアの服をギュッと掴んでいた。


 よほど怖い思いをしたんだろうな……。

 そう思っていると、回復魔法をかけているアティアがあっと声を上げた。


「ん? どうした?」

「……ううん。何でもない……」


 そう言ったアティアだったが、明らかに困った顔をしている。

 座り込んだ二人をじっくり見ると、アティアに抱きついた女の子の下半身辺りの地面に水溜まりが広がる。


 

 緊張から解放されたからなのか、失禁してしまったみたいだ。アティアに抱き締められた女の子が泣きじゃくった顔をアティアに向けて上げる。


「ご、ごめんなさいー……」

「ううん。いいんだよ。怖かったんだもんね。もう大丈夫だよ」


 アティアが優しく女の子に話すと、女の子は再びアティアの胸に顔をうずめた。


「ラディー。この子は大丈夫だから、周りの警戒しておいて」

「お、おう。分かった」


 

 俺は二人から視線を外し、周りを見回す。

 周りにモンスターに気配は感じなかったが、未知の階層だ。今日はこの辺で引き揚げるのがいいだろう。



 アティアの回復魔法はそれほど強力なものじゃない。かすり傷ぐらいなら完治出来るが、それ以上の治癒は出来ない。

 幸い、女の子は切り傷やかすり傷ぐらいで大きな怪我は無かったので、ほとんど全快することが出来た。


 回復魔法をかけ終えて、少し落ち着いた女の子が顔を上げて、側に立つ俺の方に目をやった。

 するとすぐに顔を真っ赤にして再びアティアの胸に顔をうずめる。


「えーん! 見られたー! もうお嫁に行けないよー!」


 ……漏らしたトコを見られて恥ずかしがっているんならもう大丈夫だろう……。


 

 ひとしきり泣き終えた女の子が顔を上げた。


「もう大丈夫?」

「う、うん。だ、大丈夫……。ありがとう」


 ありがとうと言いながら、俺の顔を見るとまた泣きそうな顔になる。


「だ、大丈夫だ! 今日見たことは忘れるから! 心配すんな」


 

 何故俺がそんな弁明をしなきゃならないのかよく分からないが、とりあえず手をバタバタ振ってそう応えた。

 アティアがその女の子の頭を優しく撫でると、おやっ?という顔をする。


「あなた、獣人?」

「うん。そう」


 女の子は髪の毛に紛れていた獣耳を立て、お尻の辺りからフワっとした尻尾をはたつかせた。


「そうなんだ。名前は?」

「アタシはパルネ。お姉さん?たちは?」

「私はアティルネア。で、そっちはラディアス」

「アティルネア……。ラディアス……」


 

 女の子が小さく俺達の名前を繰り返す。


「あぁ。私はアティアで、彼はラディーでいいよ」

「そうなんだ。分かった。アティアとラディーだね」


 

 ようやく落ち着いてきたのか、パルネは体の震えも収まり普通に会話が出来るようになった。

 パルネは十代前半ぐらい? 俺達よりも歳下だろうな、と思いながらふと彼女の首元の冒険者タグに目がいく。


「パルネは冒険者か? で、Eランクなのか?」

「うん。そう。でもすごく弱いんだけどね」


 無理して笑顔を作るが、まだ少しぎこちない。アティアがパルネの頭を撫でながら、


「パルネは一人で迷宮に入ってたの?」

「……ううん。パーティーで入ってた」

「他の仲間はどうしたんだ?」

「……はぐれちゃった……」


 

 迷宮内で仲間とはぐれる……。

 ない事はないと思うけど、そんな事あるのか。


「何人で迷宮に潜ってたんだ?」

「他に四人いた。【トゥウガ】って名前のパーティーなんだけど……」


 冒険者はパーティーに名前を付けるのを、ギルドから義務付けられている。

 俺とアティアもパーティー名を付けるように言われているのだが、いい名前が浮かばなかったので、一週間の猶予をもらっている。


「で、その【トゥウガ】の仲間とはこの階層ではぐれたのか?」


 

 パルネが首を振る。


「ううん。12階層ではぐれちゃったの……」


 12階層……。

 俺とアティアの目が合った。

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