3.出発の朝
姉上のあまりに大きな声に稽古場にいた皆の視線が姉上に集まる。父上が戸惑ったように姉上に声を掛ける。
「どうしたのだ? リンシア。確かにラディアスが居なくなるのは寂しいことだが……。何が良くないんだ?」
まるで小さな子供を諭すように声を掛ける父上。半泣きの姉上が俺の方を見る。
「ラディー〜。一緒に騎士団に入ろうよ〜。昔、約束したじゃない〜」
うっ…。そう来たか……。ま、反対するかもと予想はしてたけど、まさかいい大人が半泣きまでなるとは……。
半泣き状態の姉上に向かって、俺は真っ直ぐに姉上の顔を見て答える。
「姉上。俺はいずれ必ず騎士団に入ります。けど、その前に迷宮へ行って、己を鍛えたいのです。そして称号を獲得し、姉上のように騎士団から入団を請われるぐらいの男になりたいのです」
半泣きだった姉上の顔に少しずつ落ち着きが戻る。父上が目を瞑り、小さく何度も頷く。
「ラディー。ということは、ただ冒険者になって鍛えるだけでなく……」
「はい。父上。俺は迷宮攻略します。そして姉上のように称号を手に入れます」
母上がまあ、と声を上げて父上にしがみつき、父上が大きく何度も頷いた。
俺が姉上の方を見ようとすると……、
「ばふっ!?」
突然視界が真っ暗になり、俺は突進してきた姉上に抱き締められたということをすぐに理解した。
「そうだったのね!ラディー! うんうん、待ってるよ、ラディー! お姉ちゃん、ラディーが立派な男になって騎士団に来るのを騎士団で先に待ってるよー」
あ、ありがとうと、姉上の胸の中で応えるが呼吸もままならず、声にならなかった。
更に息が苦しくなり、手で姉上の肩を叩くが、その強力な抱擁は緩まない。
そして、先ほどと同じようにアティアの一声で、俺はその抱擁から解放された。
父上が隣に並ぶペリオン卿に顔を向ける。
「ペリオン殿。貴殿はアティルネア嬢のペルグナット行きには賛成なのですかな?」
「賛成も何も……。一年前以上前から約束させられましたから。
「ふふふ。お互いに意志の強い子供も持つと頼もしいですが、大変ですわね」
「全く、同感です」
なんかすいません……。
しかし、こうやって両親と姉上に背中を押してもらえたことで、自分の中の少しモヤモヤしていたものが飛んだ気がした。
俺がアティアの方を振り返ると、アティアが俺に向かって満面の笑みを浮かべる。
アティアは視線をペリオン卿へ向けると、
「お父様。私もすぐに準備をしてラディーと共に明日、ペルグナットへ発ちたいと思います。よろしいでしょうか?」
「そうじゃな。アティルネア一人で行かせるのは不安じゃったが、ラディアス君も一緒であれば心強い。ワシは何も言わんよ。準備が出来次第、向かうが良い。良いかな? バウティガ殿」
俺の父バウティガが頷く。
「ええ。問題ございません、ペリオン殿」
俺が両親とペリオン卿にお辞儀をすると、そのすぐ後ろでアティアも三人に向かってお辞儀をする。
「では早速、アティアと出発までの打ち合わせをしたいのですが、よろしいですか?」
そう断りを入れると、三人は凄く満足そうにして稽古場を後にして行った。
稽古場に残ったのは俺とアティアと姉上の三人。すると、姉上がアティアに手招きをして二人で稽古場の隅に移動する。
……何か、俺に隠れて話している……。
気にはなるけど……。
ヒソヒソと姉上が何かをアティアに一方的に言っているようだが、アティアはそれをふんふんと頷きながら聞いているみたいだ。
そして、小さくアティアの任せてください、という声が聞こえた。
……何を任されたんだ?
二人が話を終えて、俺の所に戻ってきた。
「じゃあ、ラディー。打ち合わせしよっか?」
「私は父上達の所に行ってくるから」
姉上が稽古場を出て行くと、俺はアティアに尋ねる。
「なあ、アティア。姉上と何を話してたんだ?」
「うん? えっと……ヒミツ!」
「あ、そう」
姉上……、変な事言ってない……よな?
一抹の不安はあったけど、その後アティアとペルグナットへ行く段取りを決めていった。
今晩、ペリオン卿とアティアはウチに泊まることになり、明日帰ることになった。
その帰りの馬車に俺も乗り込み、そのままネービスタ家に向かう。
アティアは家で出発の準備はほとんど終えているらしく、ネービスタ家に戻ればすぐに出発出来るということなので、ウチを出てネービスタ家に寄り、そのままペルグナットに向かうという段取りになった。
「でもアティアはもう準備してたんだな」
「うん。今日はその挨拶もしようと思ってサイブノン家に来たからね。ラディーが来なくても明日中にはペルグナットに一人で行ってたと思う」
◇◇
翌朝、準備を終えた俺が家の玄関にいると、両親とペリオン卿が玄関にやって来る。
父上の手には一振りの長剣が握られていた。
「ラディアス。これはお前が騎士団に入団したら祝いとして渡そうと思っていた剣だ。持って行くがよい」
「ええ? ホントですか!」
俺はその剣を取り、鞘から刀身を抜いた。
長過ぎず重過ぎず、絶妙に調整されたバランスのよい剣だった。
「お前のクセなどを考慮して作らせた。『天雷の加護』を持つお前に相応しい業物だ」
「ありがとうございます。父上。母上」
かつては王国内でも名を馳せた剣士だった父上。今でもその剣技で俺や姉上を鍛えてくれている。その達人の見立てで作らせた一振りは凄く俺の手に馴染んだ。
生まれながらに雷属性への高い資質を持つ『天雷の加護』。その加護を与えられた俺の雷魔法に適性のある魔法石『雷石』がその剣には装飾されていた。
「大切に使わせていただきます」
「うむ」
すると玄関にアティアと姉上がやって来た。
姉上が泣き腫らした目をしている。
「ラディー〜!」
俺の顔を見るなり、また抱きついてきた。
いつもの事で慣れているんだけど、今朝はことさら力が入っている。
両親に引き剥がされた姉上は、まだ名残惜しそうに俺の顔を見つめる。
「頑張るんだよ~、ラディー。姉ちゃんは待ってるからね~。イヤになったら何時でも帰ってきていいからね~、ラディー。それと…」
ペリオン卿とアティアの引きつった笑顔を見て、父上が姉上の肩を叩いた。姉上が悲しそうな顔を父上に向け、父上がうんうんと頷く。
ホントにこの姉上があの伯爵を討ち取ったんだろうか?
ペリオン卿が軽く咳払いをして、
「では、行こうか。ラディアス君。アティルネア」
「「はい!」」
俺はペリオン卿、アティアに続いて馬車に乗り込み、馬車は静かに走り出した。
窓から見ると姉上が全力で腕を振り、両親が笑顔で小さく手を振り、見送ってくれた。
三人の姿が見えなくなると、俺は拳を握る。
―絶対に迷宮を攻略する―
俺は自分自身に誓った。
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