2.迷宮へ行こう!

 稽古場で俺と姉上の熱の入った稽古が続く中、再び稽古場の扉が開く。

 扉から俺の両親とぺリオン卿が三人で現れた。


「おお! やはりリンシアだったか! 帰って来たのだな」

「父上! 母上! ぺリオン卿。リンシア=サイブノン、先ほど帰宅致しました」


 姉上が木剣を腰に据え、三人の方を向いて跪く。

 ぺリオン卿がニッコリと笑みを浮かべる。


「何やら音がするので来てみれば、やはりリンシア殿じゃったか。疲れておるだろうに、早速ラディアス君と鍛練とは流石、【女傑英雄】じゃな」

「いえ、ぺリオン卿。私は疲れなど……。それと……、その称号はちょっと照れますので……」

「ははは。そうかそうか、それはすまぬの」


 

 ぺリオン卿が笑いながらも、姉上に詫びを入れる。

 その人懐っこい笑顔に姉上も笑顔で応え、立ち上がると三人の前へと進む。

 母上が姉上の顔に手を触れながら、姉上を労った。


「リンシア。お帰り。宮殿では色々あって疲れたでしょう? ひとまずゆっくり休みなさい」

「いえ、母上。私は大丈夫ですわ。それよりも帰宅の報告が遅れて申し訳ございません」


 父上がにこやかに応える。

 

「ふむ。それは構わんが、今回はどのくらい家には滞在出来るのだ?」


 姉上は今回の表彰を受け、かねてから希望していた王国騎士団入団の内定を受けている。

 つまりさっきアティアが言っていた、辺境貴族では難しい騎士団の出世組に入れたということになったのだ。


「はい。準備が出来次第、すぐにでも王国へ赴こうと思っております」

「そうか……、ゆっくりは出来ぬか。分かった。ではそれまでは存分に体を休めると良い」



 剣の実力では一目置かれていたサイブノン家ではあったが、いくさの少ない時代が続いた為、騎士団で戦果を上げて昇進するということからは長らく遠ざかっていた。


 ここ最近の騎士団長は大した実力もない有力貴族の子息や、名士の出身者というように強さよりも名が重視される傾向があり、辺境貴族のサイブノン家の者は団長どころか、部隊長に任命されることもなかったのだ。


 それが今回、【英雄】と名のつく称号を王家より直接与えられたことにより、姉リンシアは次期騎士団長候補の最有力として迎えられることとなったのだ。


 ぺリオン卿が姉上に話を続ける。


「これでリンシア殿の将来も安泰じゃな。リンシア殿の次はラディアス君も騎士団に士官するのかの?」


 ぺリオン卿がにこやかな表情で姉上を見た後、俺の方に視線を移す。

 両親と姉上もそれに続いて、俺に視線を向けた。


 俺はその視線を受けて、ハッキリとした口調で答える。

 

「私は迷宮都市へ行こうと思っております」


「…………えっ?」


 四人の声が揃った。

 一番驚きの表情を浮かべた姉リンシアが絞り出すように声を出す。


「ラ、ラディー…。迷宮都市に行くの? ど、どこを観光する……のかな?」

「観光ではありません。姉上。俺は迷宮都市で冒険者になります」


 キョトンとした表情のまま、姉上が俺から両親に視線を移す。両親もかなり驚いた表情だが、姉上ほどの驚きではないみたいだ。

 

「ラディアス。王国騎士団へ入るという目標は諦めたのか?」

「いえ、そうではありません。父上」

「では冒険者ではなく、すぐにでも士官すればいいんじゃないの? ラディー」


 

 母上が優しい声で聞いてくる。

 俺は父上と母上に視線を向けると、


「いえ。母上。私は騎士団に入ることが目標ではありません。騎士団長となることが目標なのです。その為には私も己を戦いの中に身を置き……」


 自然と姉上に視線が向かう。

 俺が姉上の後に王国騎士団に士官したとしても、俺は【女傑英雄】の弟として見られる……。


 その俺の視線の動きで父上は俺の思いをすぐに理解したようだった。

 俺があくまでも一人の男として、実力を証明したいという思いに。


 父上が何度も頷きながら、穏やかな口調で話す。

 

「あい、分かった。ラディアス。もうお前も16だ。自分の進む道は自分で決めれよう。ならば私はそれを後押しするだけだ」


 父上が母上に目をやる。

 

「そうね。ラディーが決めることに私は何も口を挟むつもりはないから、安心なさい」

「父上、母上。ありがとうございます」


 その様子を見ていたぺリオン卿が俺に向かって尋ねてきた。

 

「ラディアス君が冒険者か……。ところでどの迷宮都市に向かうのかは決めているのかな?」

「えっと……、それはまだ……」

「ペルグナットですわ。お父様。ラディーはペルグナットで冒険者になりたいと……」


 

 俺はそう答えたアティアの方に振り返る。

 アティアはニッコリと微笑みながらも強い目で父のぺリオン卿を見つめる。

 その視線を受け止めるぺリオン卿も何度も小さく頷く。

 

「なるほどな……。これは偶然かな? アティア?」

「ええ。全くの偶然ですわ。お父様。ラディーは私と同じく迷宮都市ペルグナットで冒険者になるそうです」


 

 ええっ!? アティアも冒険者に!?


 突然の打ち明けにアティアとぺリオン卿の顔を何度も見直してしまった。

 それは両親と姉上と同じで、このネービスタ親子の間を何度も視線が行き来している。


 姉上が口をパクパクさせながら、先ほどと同じようにアティアに向かって声を絞り出す。

 

「ま、え? アティアも冒険者? メテウスと同じ?」

「はい。でもお兄様はエラケウデという迷宮都市に居ますので、同じというわけではありませんが」


 俺もアティアに問い掛ける。

 

「て、いつから決めてたんだ? そんなこと」


 ぺリオン卿が目の前にいるのも忘れて、いつも通りの口調になってしまった。


「うーん。一年ぐらい前?かな。たまにお兄様と手紙のやり取りをしてるんだけど、刺激があって楽しそうだなと思って……」

「そうじゃな……。そのぐらいだったかの。まさかお前アティアまで冒険者になりたいなどと言い出すとは思いもよらんかったの」


 

 アティアとぺリオン卿も普通に親子の会話になっている。アティアはニッコリと微笑んでいるが、その目には強い決意と、何か確信のようなものを感じた。


「それで、アティア。お前はいつ、ペルグナットに行くんだ?」

「近いうちに、とは考えているけど……。まだ決めれてないな」

「そうか……。ん~」


 父上が俺のその様子を見て、尋ねてくる。

 

「どうしたんだ? ラディアス?」

「はい。私は今から準備をして、明日にでも発とうと思います。よろしいでしょうか? 父上」


 

 父上の顔が一瞬、弾かれたように驚いたがすぐに冷静な表情に戻ると、

 

「うむ。準備が出来るのであれば、いつでも構わんぞ。ただ焦って準備をしても良くないからの。しっかりと整えてから行くが良い」

「ありがとうございます。父上」


 俺が頭を下げると同時に、稽古場に大きな声が響いた。


 

「良くなーーーいっ!!」


 声の主は思いっきり頬を膨らませ、顔を真っ赤に紅潮させた姉上だった……。

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