女傑英雄の弟〜ブラコンの最強姉が英雄になってしまったので、弟の俺は姉に追い付く為に迷宮攻略目指します〜
十目イチヒサ
1.姉は女傑英雄
ある朝、突然その知らせは屋敷にもたらされた。
「ご報告します! 討伐軍がヘルゲン=リーパドア伯爵を討ち取りましたー!」
屋敷に飛び込んできた騎士が高らかに叫んだ。
部屋から飛び出した俺はその声のする方へ走ると、そこには父上と母上が既にその騎士の側に来ていて、詳細な話を聞いていた。
父上が俺の姿に気付くと、
「おおっ!ラディアス! リンシア達が伯爵をとうとう討ち取ったそうじゃ!」
……マジかっ! 姉上が!
俺はすぐに両親とその討伐軍の騎士がいる所に駆け寄った。
「で、姉上は? 怪我とかは?」
「いえいえ。怪我どころか、リンシア様はまさに獅子奮迅の活躍でございました。そのお姿はまさしく軍神……いや、戦乙女でございました」
両親は騎士が興奮気味に話すその話を、満足そうに頷きながら聞いている。
サイブノン男爵家。これが俺の家だ。
王国領内の辺境の貴族だ。
貴族交流が下手な田舎貴族であるが、代々その剣の強さは有名で、王国領内でも一目置かれる存在ではあった。
そのサイブノン家の歴史の中でも最強姉弟と呼ばれたのが姉のリンシアと俺、ラディアスだった。
王国領内で圧政悪業の限りを尽くし、民衆を苦しめたリーパドア伯爵。
王国は王国騎士団と、有志によるリーパドア伯爵討伐軍を組織したのは数ヶ月前だった。
当代最強と呼ばれた姉上はもちろんその討伐軍に志願し、俺も志願した。
目標であり、憧れでもある姉上と肩を並べるために……。
だが俺の志願は断られた。
俺の年齢は当時15歳。戦地に赴くには早いというのが理由だった。
そして俺は昨日16歳になり、もう一度志願しようとした矢先に聞かされた伯爵討伐の知らせ。
嬉しい気持ちはもちろんあったが、そこに加われなかった悔しさも大きかった。
両親に嬉々として報告を続ける騎士が更に衝撃的な報告を続ける。
「今回のリンシア様の活躍は間違いなく王国から表彰されるでしょう。民に自由をもたらした英雄として」
英雄……。姉上が英雄になってしまった……。
◇◇
その報告がもたらされた二日後、王国宮殿において姉上が表彰された。
そして王国からはその功績を称えられ、【女傑英雄】という特別称号が与えられた。
更にその翌日、サイブノン家に客が来た。
近隣の貴族、ぺリオン=ネービスタ子爵とその娘、アティルネアだ。
王国領内でもお互い辺境に位置していることもあってか、我がサイブノン家とは非常に仲良くしている。
そのぺリオン卿が姉上の表彰の報を聞いて祝いに来てくれたのだった。
俺はぺリオン卿に挨拶を済ませ、両親と共に少し談笑に付き合った後、剣の稽古の時間になったので応接室を退室した。
そのまま稽古場に向かうと、アティルネアが俺の後ろについてきた。
前を歩く俺にアティルネアが話し掛ける。
「ラディー。リンシアちゃん、スゴいね。英雄だって」
「まあ、姉上なら当然だよな」
「ははは。そうだよね。当代最強って言われてるもんね」
討伐隊に入った時から絶対に何か功績は上げるだろうとは予想はしていた。けどまさか英雄として表彰されるまでとは思わなかったけど……。
そしてこのネービスタ家の令嬢アティルネア……、アティアは俺と同い年の幼なじみだ。お互い貴族ではあるが家同士の仲が良いので、小さい頃はよくお互いの家を行き来して、二人で近所の子供たちと遊び回ったり、山を駆け回ったりした。
稽古場に着いた俺は壁に立て掛けてある素振り用の剣を手に取った。通常の剣より五倍の重さがある特別に作った物だ。
俺が素振りを始めると、アティアは稽古場の隅にチョコンと座り、それを眺めていた。
「久し振りに私が打ち込みの相手しようか?」
「今のアティアじゃ、相手にならないよ」
アティアはむぅと頬を膨らませたが、構わず素振りを続ける。
もう討伐軍は無くなったしな……。そろそろ王国の騎士団に士官するか……。
無言で素振りを続ける俺に、アティアが不意に話し掛ける。
「ねえ、ラディー。迷宮都市に行くとかどう? お兄様みたいに」
「迷宮都市?」
「うん。だってラディー、討伐軍無くなったから困ってるんでしょ?」
「まあ、困ったというか……。なんか姉上にはだいぶ置いて行かれた感じがして……」
俺は素振りを止めて、アティアの方に目をやった。アティアがキラキラした目で俺を見ている。
「迷宮都市か……」
この大陸にはいくつかの巨大な迷宮があり、その上に街がある迷宮都市というものが存在する。
迷宮の中にはモンスターが多数生息しており、そのモンスターは討ち取ると魔晶と呼ばれる石になる。
その魔晶は売ればお金になるので、そうやってモンスターを狩って生計を立てる冒険者が迷宮都市には集まってくる。
討伐軍が無くなり、俺が真っ先に考えたのは王国の騎士団に士官することだった。それを知らずにアティアは聞いてきたと思うんだけど……。
「王国の騎士団に志願しようと思ってたんだよな」
「騎士?ラディーが?」
「なんか悪いか?」
「悪くないけど、大変だよ?騎士団なんてその人の出自で出世が決まるような所だよ? 実力でのし上がるとか、もう絶対に無理だからね」
「んー……。そうなのか?」
「そうだよ! 私達みたいな辺境貴族は絶対に出世とか出来ないよ。だからお兄様は迷宮都市に行ったんだもん」
アティアの三歳上の兄はメテウスといって、ニ年ほど前に迷宮都市へ冒険者になりに行った。
ネービスタ家は代々精霊魔法に精通しており、皆高い魔力を持っていた。
それはこのアティアもメテウスも例外ではなく、二人ともかなり高レベルの精霊魔法を使用することが出来るらしい。
アティアの話によると、メテウスは精霊魔術師として迷宮都市で冒険者をしているそうだ。
そうか。メテウスも小さい頃は王国騎士団に入るって言ってたのに、家を出て迷宮都市に行ったんだったな。
「でも、メテウスはなんで冒険者を選んだんだ?」
「冒険者はね、迷宮攻略すれば王国から称号を与えられるんだよ。知ってるよね?そうすれば騎士になっても優遇されるの」
「冒険者が称号を貰えるのは知ってたけど、それが騎士団に入って優遇されるのか?」
「うん。そうだよ。その人の功績として考慮されるんだよ。実際に称号貰ってから騎士団に士官した元冒険者も結構いるし……。てか、知らなかったの?」
「迷宮攻略の実績が考慮されるのは知らなかった……」
そうか! 迷宮攻略をすれば、称号が与えられる!そしてそれが自分の実績になる!
やる気が湧いてきた!
そうだっ! 迷宮へ行こうっ!
一つ二つじゃない、いくつも迷宮攻略をして自分の実績を積み上げてから騎士団に入れば、姉上に追い付ける……。
俺が超重量の剣を持つ手に力を込めると、稽古場の外に繋がる扉が勢い良く開いた!
「やっと帰ってこれたー! あ! ラディー!」
扉から入ってきたのは姉のリンシアだった。
そう、噂の【女傑英雄】だ!
「会いたかったー! ラディー! もう宴だ、祝いだ、表彰だので、全っ然帰れやしない! や~ーっと帰って来れたよぉ!」
姉上は俺を見つけると問答無用で抱き締め、そのふくよかな胸に俺の顔を埋めさせる。
「うはぁ〜! ラディーの匂いがするぅー! 帰って来たよー!」
俺は手足をバタバタさせて藻掻いたが、全く姉上を引き剥がせない。アティアの声が聞こえた。
「リンシアちゃん!ラディーが死んじゃうよ! 離れて離れて!」
ハッと気付いた姉上が俺の体をやっと離した。俺はやっと呼吸が確保出来て、肩で息をする。
「ごめん、ラディー。嬉しくてつい……」
「い、いいよ……。姉上……。おかえりなさい……」
再び姉上が俺の顔を引き寄せ、胸に埋ませた。
「ただいま〜! ラディー! やっぱりお前は優しいなー! お姉ちゃんは幸せだぁー!」
胸に顔を押し付けられているが、さっきより加減してくれたせいか何とか呼吸は出来た。
けど、アティアの少し引いてる視線がちょっと痛い……。
ひとしきり俺を抱き締めたら、姉上は満足したみたいでやっと俺の顔が解放される。
「姉上。お父様とお母様に、帰って来たことを報告に行ったんですか?」
「あー。それは後でも大丈夫。王宮で表彰の時にも顔は合わせてたし、そんなに久し振りって感じでもないし」
「そ、そうですか」
「お父様とお母様より、私にとってはラディーの方が重要なのよ」
姉上のブラコンぶりを目の当たりにして、アティアの顔が更に引きつっている。
そんな事は全く気にしない姉上が俺の方に向き直る。
「ラディー。一人で稽古中だったんだね。よしっ! 私が相手しましょうか」
「はいっ! 是非!」
姉上が壁にある木剣に二本取り、その一本を俺の方に投げる。
受け取った俺が稽古場の真ん中に移動する。
「では【女傑英雄】の胸、貸して頂けますか?」
「この姉の胸なら何時でも貸すわよ、ラディー」
どんっと、姉上が自分の胸を叩く。
「いや……、そういう意味ではなくて……」
俺と姉リンシアの木剣がぶつかる乾いた音が稽古場に響き渡った。
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