第26話 地下からの誘い
霧島病院の取材、慶一の事故から三日経った。私の周囲にはこれといった変化もなく、午前中は美琴の宿題を見て、午後からは先日依頼された原稿に取り掛かっていた。
偶然かもしれない慶一のひったくり事件。だが霧島病院が関与している可能性もある。
そう思って警戒していたが、三日もなにもないと、やはり考えすぎなのだろうか?という思いが強くなってくる。
だんだんと自分がわからなくなってくる。霧島病院を経営する霧島コンツェルンが暴動事件に関わっているという前提で考えたときに、過去の事件をもみ消した権力に恐怖した。
家族が、美琴が巻き込まれる前に取材から手を引こうとまで考えた。
だが、慶一の鼓舞や自分自身の奮起もあり取材を続けた。
結果として慶一はひったくり事件の被害者として軽傷だが怪我までした。
最初こそ巨大組織による警告なのか?と怖気付きそうになったが、それもつかの間で、冷静になればなるほど、ひったくり事件と霧島病院を結びつけるものは何もなく、偶々なのか必然なのかもわからないのだから自ら怖気付いて投げ出す必要はないという考えが支配的になっていた。
翌日になり、私の動画が削除されていた。削除されたのは未来をインタビューしたものだった。
削除理由を動画配信サイトの運営に問い合わせてから一日経ち、二日経ち、ようやく回答が来た。私の動画がガイドラインに抵触したために削除したということだけが書かれていて具体的なことは何もない。
誰かが依頼したのか。偶々機械的に処理されただけなのか。これまで起きた慶一のひったくり事件と私の動画削除の件を霧島病院と結びつけるものは何もない。
考えすぎなのかもしれない。
それでももうこの辺で手仕舞いにした方が良いのではないかと私は思い始めていた。
万が一これが警告だとしたら次はこんなものでは済まないかもしれない。
それにあれから何の新しい情報もない。
あと一歩で真実に迫れるのではないかという高揚感はあった。
だが、その一歩は遠かったようだ。
私の目の付け所が違ったのか、道筋はあっていても歩き方が悪かったのか、このまま終わることは何もかも中途半端な形で終わってしまうことになる。
慶一との晩酌でも、自然と暴動事件に関する話題を避けていた。
未来から再び連絡が来たのはそんな時だった。
「お疲れさまです。ひかるさんは今少しお話しできますか?」
「えっ、ええ、まぁ」
取材をこれで切り上げようとしていることに後ろめたさを感じて返事が濁ってしまった。
「どうかされました?」
私の微妙な反応は未来にも伝わり、彼女の言葉に私を心配する気配を感じる。
「何でもないの……ちょっと取材が行き詰まってるっていうか」
「よかった。それなら協力できそうです。断片的に地下のことも思い出してきました」
「えっ、思い出したって、もしかして地下に行った何を見たとかも?」
「もちろん地下に行ったことも、地下で何があったのか、私が何を見たか、それどころかどうして暴動が起きたのかも、少しずつ思い出したんです」
「ほ、本当に、しかも暴動の原因まで、あなたは知ってたの?」
「はい、全部あの地下にあります」
私は体の芯から熱くなるのを感じた。
私の知る限り、あの暴動事件の原因なるものを暴いた記事はない。
俄然興奮してきた。
それにしてもなんというタイミングだろう。
「その話を聞かせてもらえないかしら」
「いいですよ……ただ、ちょっとどうしてもまだ引っかかってるところがあるので……そこをスッキリさせたいんです」
「それは記憶のこと」
「はい、同じ場所に行けば鮮明に、完全に全て思い出せそうな気がして」
「同じ場所ってもしかして……?」
「はい、私と一緒に地下に行きませんか?」
「でも、あそこはもう市と企業が管理しているのよ。部外者がとても入れるとは思えない」
現在の雑木林が置かれている状況を説明した。
「入れますよ。知り合いがいるので開けてもらいます」
未来はさらっととんでもないことを言った。
「どういうこと?あの地下施設を管理している人間に知り合いがいるの」
「はい」
これはもしかして、罠なんじゃないかと私は思った。
未来は霧島病院と繋がっているのでは?餌で釣ってなにかしようと企んでいるのでは?
だが、私はその疑いをすぐに頭の隅へ追いやった。
冷静に考えれば、仮に未来が霧島病院と繋がっていたとして、わざわざ私に最初のインタビューで語ったようなことを聞かせる理由がない。
あのインタビューがなければ私はいつまでたっても確信には近付けず、真実のはるか外周をぐるぐるしていただけだろう。
ここまできたら、自分の直感に任せるしかない。私は未来の言うことに裏切りはないと感じた。
その自分の判断を信じることにした。
何よりも心の奥底から自分の判断を信じろと後押しする声が聞こえる。
いつか感じたような、自分の中で自分を鼓舞する声。
「どうします?ひかるさん」
「いく……いくわ」
不安はある。あるけど、今私が追い求めていた謎がすべて明らかになろうとしている。
真実がわかる。
しかも私だけが獲得できるスクープだ。
その甘美な誘惑に私は勝てなかった。
私は未来と一緒にあの鹿島町へ行くことを決めた。二人で翌日の午前十時に未来の家から近いJR中野駅で待ち合わせることにした。
翌日になりレンタカーを借りて中野駅に向かった。駅前で未来を拾う。白いカットソーに鮮やかなレモンイエローのワイドパンツを合わせている未来は、とてもこれから例の地下施設に行くような格好には見えなかったが気にしないことにした。
「すみません。急に私につき合わせて」
「ううん。私だって真実を知りたいのだから気にすることないわよ」
鹿島市に入ると住宅街を抜けて雑木林の方へ向かった。
雑木林に着くと私たちの他に人は見当たらなかった。
「あの小さい方のプレハブの中にあります」
フェンスの向こうにあるプレハブ小屋を未来が指差す。
フェンス沿いに歩いて行くと扉が開いていた。
そこから工事区域に入り奥にあるプレハブ小屋に入る。
ここも鍵がかかっていない。
中は長いテーブルとパイプ椅子が置かれただけのさっぱりしたものだった。
その奥の床に縦横が二メートルほどの正方形の両開き扉がある。
未来はなんら警戒することなくその扉を開いた。
「ほら、ここから入れます」
得意そうな顔をする。
「本当だ。こんなところから入れるなんて」
「行きましょう」
中に入ると人が二人は通れるほどの幅がある階段が果てしなく暗闇に続いていた。
どこまでこの階段が続いているのか下が見えない。
両脇には弱々しいが照明がついていて、暗くて歩けないということはない。
「ひかるさん。歩きながら話すからインタビューの用意を」
「わかった」
未来に言われ私はバッグからボイスレコーダーを取り出した。
映像の方は首に下げたコンパクトデジタルカメラを夜間モードにして撮影する。
準備ができたことを伝えると、未来は歩きながら話し出した。
ひんやりとした空気が体を包む。
「職員室での事は保奈美さんが言ったとおり。ひかるさんが知りたいのはその先。私が地下に行って何を見たのかでしょう?」
階段を降りながら未来が言う。
「ええ、それを思い出したんでしょう?」
「地下に行くまでは全部思い出した。あの時、校庭を突っ切って第二校舎にたどり着いたのは、私と修哉と武藤先生の三人だけ。非常口から第二校舎に入った私達は急いでドアをロックするとすぐ側にある防災倉庫に入った」
「その防災倉庫に学校側から地下に降りる階段があったのね?」
「ええ、同時にこちらに抜けられる通路もあると聞いていたから。私たちはそこから雑木林に抜ける予定だった」
「あそこの扉を開けておいてくれたあなたの知り合い……協力者は誰?どういう人なの?」
「それは後で話す。今はまだ話せない」
未来は振り返ることなく小さく肩を揺すって答えると、また事件当日の話をはじめた。
「防災倉庫について、私たちは非常食の備蓄をどかして下にある地下通路への扉を開いた。でも、その時に武藤先生が凶暴化して私に襲い掛かってきた。修哉は私を先生から助けようとして掴み合いになり、私に先に行けと言った」
さっきから未来の口調が今までと変わっていた。
私は彼女が自分に慣れてきたのだと思った。
「私は泣きながら地下の通路に入って、修哉を呼んだ瞬間、修哉もまた凶暴化して武藤先生と二人で私に襲いかかってきた。間一髪で通路への扉を閉めて中からロックすることでようやく私は安全になったの」
「そう……ありがとう思い出してくれて。そんなに辛いことを思い出すなんて、あなたもやりきれないでしょう」
「そうでもない」
未来は悲惨な過去を思い出したにもかかわらず、何の感情の動きも感じさせない。
今まで接してきた未来と違うものを感じた。
「こうやって私は長い階段を降りていった。ここと同じように両脇には照明があって、なぜ誰もいないはずなのに電気が通っているんだろう?と、不思議に思ったのを覚えている」
ようやく階段を折り切ると長い通路が真っ直ぐ伸びていた。
「学校側からの方もこうやって階段を降りたところで長い通路に出たの。この先に本当なら壁があって壁伝いに行けば左右どちらでも今私たちがいる雑木林側の階段へ続く通路のとこに出られると武藤先生から聞いたの」
地下の通路で反響する未来の声。
「ここよ」
突き当たりに出るとそこは壁が何ヶ所か崩落していて、見上げると天井部分に亀裂があった。
「これは何があったのかしら」
「暴動が起きる前、一週間だか十日くらい前に大きな地震があった。多分それで、天井や壁が崩れたんだと思う」
未来は一点を指差した。
「見て。これが地下施設への扉」
壁の崩落した部分、大きな両開きの扉がある。
外側から閂で閉める構造になっている。
これは中にいるものを外に出さない為の造りだ。
しかも念入りにコンクリートの壁でさらに塞ぐなんて、よほど外に出したくないものが中にあるのだ。
「この中には一体何があったの?」
「それもこれから分かる」
未来は上から順に閂を外していった。
大きな鉄扉が悲鳴のような音を上げながら開いていく。
中は真っ暗だ。
「私が扉の前に来た時も、こうやって閉まっていた。すると中から女の子の声がしたの」
「ええ……だって誰もいないんでしょう?」
「でも私が学校側から入った時壁が崩れて扉があったなら雑木林側、今の私達がいるところも壁が崩れて誰か入ってきたのかもしれない。そう思ったの」
「それでどうなったの?」
「その子が閉じ込められて出られないと言うから私は扉を開けてあげた」
「中には私たちと同じ制服を着た子が一人いた。何年生だったかは覚えていない……知らない人に閉じ込められたって言ってたな……私が今起きている暴動のことを教えると、その子は外で起きている恐ろしい事件を終わらせることができると言った」
「私がどういうことかと聞くと、外の恐ろしい事件を起こしている元凶がこの地下にある。それを止めてしまえば暴動は終わる……その子はそう言っていた。私はその子と一緒に扉の中、封印されていた地下施設へ入っていったの……こんな風にね」
大きな扉を抜けて暗闇の中に入っていく未来。私は話しながら歩く未来の後ろをただ黙ってついていくことしかできなくなっていた。
「ここは電気が通っていないのかしら?」
通路に電気が通っていたのだからこの中にも通電しているだろうと予想してバッグから、小型のライトを取り出すとスイッチを入れ辺りを照らしてみた。
ドアの横の壁を照らすとスイッチがあったが「入り」の方に入っている。二度三度と入り切りしてみても部屋の中は明るくならない。ここからはライト頼りになる。
「行きましょう」
未来はこの真っ暗な中を懐中電灯も点けずに歩いて行く。
後ろにいる私が彼女の歩く先を照らす格好になった。
歩いていると中はかなり広い。
天井までの高さはゆうに二階分はありそうだ。
大きなテーブルとスチール製の書庫やラックが並び、テーブルの上には実験器具のようなものが散らばっている。
かすかに見える壁にはドアがいくつもあってさらに奥に施設があることを思わせた。
「痛っ……」
なにかにつまずいて足下を照らすとコンクリートの塊がいたるところに落ちている。
「前の地震で天井が崩落したのね」
未来が上を見ながら言った。
その視線の先を照らすと亀裂が入った天井が見える。
足下に注意しながら進むと真ん中あたりに来た。ここは段差になっていてかなり広いスペースが円形にくりぬかれている。
周りには朽ちた木が崩れるように覆いかぶさっていた。
使用していた頃、ここは水景で周りに木を植えていたのだろうか?
ふと未来の方を見ると彼女は目を閉じて黙っている。
「どうしたの?」
私が話しかけても返事をするでもなく目を閉じたまま片手で制するだけだった。
「未来さん、大丈夫?どうかしたの?」
ようやく未来が目を開いた。
「ごめんなさい。少し思い出してたの」
未来は微笑むとすぐ右の方を指さした。
「あれよ。あの機械。私より先に来ていた子があの機械から人を狂暴化させる電波が出ていると言っていた」
見ると高さ1、5メートルほどの四角く黒い機械がいくつも置いてある。
コードが何本も伸びていて、どこか霧島病院の開発研究センターで見た増幅装置に似ていた。
「これを止めるか壊せば外の暴動は終わると言ってた」
「ちょっと待って。ここからそんな電波が出ていたのだとしたら、どうしてその子とあなたは無事だったの?なんともなかったの?」
「だって誰もが狂暴化するわけじゃないのは外の暴動を見ても明らかでしょう?狂暴化する人もいればしない人もいる。私たちはしなかった。それだけよ」
たしかに未来の言う通りだが、こんな至近距離で安全でいられるのだろうかと疑問を抱いた。
周囲を照らすと機械はこの辺りに集中して十台以上置いてあるが、よく見るとコンクリートの下敷きになってひしゃげているものが幾つかあった。
これも地震で起きた崩落のせいなのだろうか?
中には正面から何か衝撃を受けたのか、ボコボコに凹んだものもあった。
「これはあなたがやったもの?」
「ええ。ケーブルを外したり切断できる工具がなかったから」
機械の下を見るとたしかにケーブルが伸びている。
ということはこの部屋にも未来が入ったときは通電されていたわけだ。
さらに周囲を照らして見ると床になにか盛り上がっているものが見えた。
「あっ!人が倒れてる!」
二人の人間が床に突っ伏しているのが見えた。
未来は少し顔を向けただけで声も上げず、ただじっと突っ伏しているものを見ているだけで動こうともしない。
「どうしました?」
私は恐る恐る声をかけながら明かりを向けた。
「きゃあー!」
悲鳴を上げると同時に、後ろに尻餅をついた。
拍子に手からライトが離れて床を転がる。
「ひひ、ひい、ひい……し、死んでる」
一目で死んでいるとわかった。
倒れている人は白骨化していたからだ。
未来が床に転がった私の懐中電灯を拾い、白骨化した遺体を照らした。
作業服を着ているが、なぜこんなところで死んでいるのだろう?
さらに周りを見ると同じような遺体が確認できただけでも三つ見えた。
なんだこの恐ろしい場所は……ここにいてはいけないのではないか?
「も、戻りましょう……地上に」
もうこんなところにはいたくない。
「もういいの?あんなに来たがっていた地下なのに?」
未来が不思議そうに首をかしげる。
「あ、あなた怖くないの?」
いったいどうしたというのだろう?今まで接してきた未来とは全く雰囲気が違う。
「あなたが出たいというなら」
「シッ!誰かくる!」
未来が言いかけたのを止める。
数人の話し声が聞こえてきた。
「急に安全値……いや、数値が0になってるじゃないか」
「ついさっきまでは危険レベルだったのに、奴等が入ってしばらくしたら数値が下がった」
「とにかく捕まえろ。院長から厳命されてる」
みんな男の声だ。
「まずいわ……隠れましょう!私たちを追ってきたのよ」
足音と話し声はもう扉のすぐ側まできている。
私は隠れようと未来の腕を引っ張ったが、未来は一歩も動こうとしない。
「なにしてんの!早く隠れないと見つかる!」
「大丈夫。これを待ってたの」
未来はこちらに顔を向けると笑みを見せる。
「なんのために?なんのためにそんなことするのよ!」
不安から興奮した私はもう声を押し殺すこともやめて未来に問いただした。
「誰がここを作って管理していたかようやくわかる」
未来はそれだけ言うと扉の方を見ながら口の端をつり上げた。
半開きだった扉が音を立てながら開くと三人のシルエットが浮かんだと同時に眩しい光を向けられて目を細めた。
「誰だ!そこでなにをしている!」
「動くなよ!動いたら撃つぞ」
左手にライトを持ち右手に銃を持っているような格好をしながら背広を着た三人の男が向かってくる。
連中は「動いたら撃つ」と言ったのだから、あの手にあるのは拳銃に違いない。
まさか拳銃を持っているなんて……
しかも誰も知らない地下に女二人だけ……
ダメだ……もうダメだ……でも助かるなら、助けてくれるなら取材は止める!未だまでのデーターも全て消去する!だから……死にたくない!
「ダメよ。取材を止めたら」
まるで私の心を見透かしたような未来の叱責に動揺した。
「何を言ってるの?もうこんな状況で取材なんて無理よ!」
「無理じゃない。今にわかる」
三人の男は私たちの手前三メートルほどで止まった。
ヤクザとかそうした強面の雰囲気はない。どこにでもいそうな会社員のような雰囲気だ。
三人とも私達にライトを向け、銃を構えたまま動かない。一言も発しようとしない。
ただ、そこに棒立ちしているだけだ。
よく見ると小刻みに震えている。
私は言葉もなく、その異様な光景をただ見ているしかなかった。
そのうち男たちは手に持っていた銃をしまうとライトを下に向け、代わりにスマホを手に取り一人がどこかへ連絡を始めた。
「見つけました……はい……はい……以前取材に来た女です。もう一人はその女の動画に出てた奴です。はい。わかりました」
男は電話を切ると私たちの方をじっと見た。
また、体が小刻みに震えだす。
これは逃げれるチャンスなのだろうか?何か様子がおかしい。
電話をしていた男が短く呻きこめかみを押さえた。二度三度と頭を振ると私たちに血走った目を向けた。
「お、お前達を今から霧島病院の……開発研究センターへ連れて行く。そ、そこでどんな質問にも答えると、い、院長がおっしゃってる」
途切れ途切れに男が喋る。
「院長が……?院長って、霧島珠代のこと?」
「そうだ。お、お前たちの質問に全て答えると言ってい……いる……だから二人にはこのまま一緒に来てもらう」
これはどういうことだろう?ここまで人が追ってくるということは、この場所は誰にも知られてはいけないものなのだ。
武藤教諭に測定を頼んだ時は、この部屋は壁に塞がれて入ることができなかった。だから何の問題もなかったのだ。
ところが今部屋に入った者がいるから、彼らは追ってきたはずなのに私たちの質問に答えるために連れてこい?なぜこんな展開になったのか私には理解できなかった。
てっきり殺されるものと思っていたのに。
状況を把握しかねて混乱している私に比べ、未来はどこまでも落ち着きはらっていた。
「またと無いチャンスよ。行きましょう」
そういうと未来はすたすたと歩き出した。
その後に続くように、男三人が歩き出す。
私も後に続くしかなかった。
確かにこの後どうなるのかすんなりインタビューとなるとはとても思えない。思えないが、こんな死体だらけの真っ暗な地下に一人残る勇気もなかった。
地下から外に出ると眩しいほどの陽射しに目を細めた。
「素晴らしいわね。どこまでも続く空。特にあんな牢獄のような場所から出てくると」
私もこれほど空を見て感動したことはないだろう。
それは未来の言っている意味合いとは違い、あの地下で人しれず殺されるかと思った恐怖、絶望、それが一転してこうして生きていられるその「生」の象徴が目の前に広がっている空なのだ。
三人のうち二人の男は自分たちの車に乗り、もう一人が私の車を運転して、霧島病院に向かうことになった。
私と未来は後部座席で座っていた。
この展開がまだ信じられずに半ば呆気にとられている私に向かって未来が話し出した。
「これからあなたはこの地下施設がどのようにして作られたのか院長に答えてもらうことができる。今まで部外者の誰一人知らなかったことを」
「そ、そうね……でもすんなり答えてくれるならいいけど」
「答えるわ。答えざる得ない」
未来のこの自信はどこから来るのだろう?院長に会ったことがあるのだろうか?
なぜここまで信頼できるのか?
「あなた、霧島院長に会ったことがあるの?」
「ええ。そのことも含めてあなたにはまだまだ話していないことがたくさんあるの。さっきの地下のことも私は真実を少し変えてあなたに話した。だから院長へのインタビューが終わった後で真実をあなたに語ろうと思う。あなたはその事を動画にして、世界に流して欲しい。なぜあんな恐ろしい暴動が起きたのか、その原因が何なのか、全て包み隠さず私が語ることを配信してほしいの」
「わかったわ。約束する」
「それともう一つ。私と一緒に動画配信をしてほしい……私は今回のことも含めて自分の知っていることを多くの人に知ってもらいたい。今回のインタビューとはまた別にこれからも私と一緒に動画を配信して欲しいの。お願い」
「いいわよ。でも私のチャンネルはそんな真剣なものじゃないからあなたが望むようなものかどうか」
「あなたのチャンネルだからいいのよ、最初から決めてた」
そう言われると動画配信者としては嬉しいものだ。
それだけ私の動画を評価してくれているのだから。
しかし、未来が私のチャンネルに決めていたという理由は私が考えているような理由ではなかった。
私はこの後でその本当の理由を知ることになる。
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