第24話 雑木林

 万が一のことを考えて今までの取材資料を別に保管して置くことにした。

ファイルも含めプリントしたものはレンタル倉庫に。

データーは外部サーバーに保存した。

誰かにデーターを狙われたときのための保険だ、考えすぎかもしれないが用心に越したことはない。

今日は動画の撮影もかねて例の雑木林に行ってみることにした。雑木林に近い場所にあるコインパーキングに車を停めるとそこから歩いて行くことにした。

雑木林はそこから五分ほど歩いたところにある。

道路沿いにあった住宅や飲食店が途絶えて代わりに樹木が立ち並んできた。

入り口に着くと、思たよりも広くて車二台なら楽に通れそうだ。

私はカメラに向かって、例の都市伝説のモデルになったのが鹿島町の可能性があること、その病院の地下施設がここにあったのではないかと推測して、これから探検する旨を話した。

歩きながら周囲を撮るが、ありふれ雑木林で特別なものは見えない。

「いくつか草に埋もれているお地蔵さんがありますね」

足下を指して言う。

たしか雑木林の入り口にもあった。

林の中に作られた道路はゆるい傾斜がかかっている。歩き出して十分が過ぎた頃に広い場所に出た。雑木林は小高い丘のような地形で、ここが頂上ということか。

乗用車が二台停まっている。

その奥に工事用のフェンスが並んで奥に行けない様になっていた。

中には数台の車が停まっていた。

「工事中かしら?」

私はフェンスの方へ歩いてみた。手つかずだと思っていたのに、まさか人の手が入っているとは。

フェンスには「関係者以外立ち入り禁止」の札がかけられている。

中には二階建てのプレハブ事務所が一棟建っていた。その奥にもう一つ、小さいプレハブ小屋がある。

人がいるかどうかはここからではわからないし、この辺は樹木もなく開けているせいか降り注ぐ日光のせいで窓の中の明かりも見えない。

フェンスに沿って歩いて見ると、地面は雑草が生えていないことからつい最近になって手が入ったのだろう。

廻りの木も切り倒されたようで真新しい切株がけっこうある。

誰かがこの土地を買ったのだろうか?それまではどこが管理していたのだろう?真新しいプレハブ棟を見てふと思った。

私たちがフェンスの周囲を歩いていると前方からワイシャツにスラックスを履いた男性が三人、その後ろに作業服を着た男性が五人ほど歩いてきた。

ワイシャツを着た三人のうちの一人、五十代後半とおぼしき男性が私たちに声をかけてきた。黒縁のメガネをかけて白髪が混じった髪を横に丁寧に撫で付けている。

「あ、あのう……こちらになにか御用でしょうか?」

メガネの奥から私を見ながら年配の男が聞いてきた。

若干の警戒を含んだ目だ。

「ちょっと撮影をしながらここら辺の散策を」

「はあ、撮影を……」

「こういうものです」

私は肩書のない名刺を出した。

「フリーのライターをやってます」

「物書きの方ですか」

「はい」

「申し遅れました。私、市の観光課の笠松と申します」

笠松と名乗る男が私に名刺を差し出す。

「観光課の職員の方がこんな雑木林で何をされてるんですか?」

「ええ。この辺一帯を工事するので見て回っているところです」

男が学校の方を指差すと後ろにいる七人に先へ行くように促した。

「あっちの学校があった方も?」

「民間と行政で共同開発しようということになりましてね。スポーツ施設や公園、教育センターといったものを建てようと。市のホームページの方でも協賛企業の名を出して大々的に宣伝しとります」

「そうなんですか……それまではここはずっと雑木林のままだったんですか?」

「いえ。民間企業の研修センターみたいなもんがありましたなあ」

「えっ。研修センターが、というか建物があったんですか?」

「ええ」

「前にここに来たんですよ……ここまでは来てないけど、ちょうど学校が取り壊されているときに向こうの方から見たんですが建物なんてなかった」

「ああ、それは木に隠れてたんですよ。二階建てでしたが廻りの木が高かったですから見えなかったのでしょう」

「そうなんですか……その研修センターってどちらの?」

「さあ……だいぶ古くからあるようでしたから。もうずっと前に閉鎖されてそれっきりです。ここは民間の方が所有している土地でしたから市の方としては把握しとらんのですよ。ただ、閉鎖して取り壊すでもなくそのままでしたから夜になると市外からも肝試しと称して人が訪れたりして一時期問題にはなっとりましたなあ」

笠松はスラックスのポケットからハンカチを取り出すと汗を拭いながら話した。

「そんな放置されていたのにどうして開発なんて?」

「この土地を共同開発する企業の方で購入したからですよ。あんな事件があって学校も取壊し、なにか有効活用しないと、と思った矢先に共同開発の話が持ち上がりましてね」

「あの、つかぬことをお聞きしますが、この雑木林に地下ってありますか?」

「はあ?地下?」

笠松は首をかしげた。

「学校のあった土地とここが地下でつながってるって言ってた人がいるんですよ」

「さあ……聞いたことありませんなあ。工事業者の人からもそんなもんがあったとは聞いてませんし」

汗を拭きながら答える。

「それからここは市と企業の土地になりますので、できれば早々にお引き取りを」

「ああ、すみません!入ってくるときに看板とかなかったもので……見落としたのかな?」

「いえいえ、今日取付ける予定で、これからなんですよ」

笠松は笑いながら言った。

他人様の土地と分かってはここにいるわけにはいかない。

私は笠松に丁寧にお詫びすると来た道を戻っていった。

もう上からは見えないところまで下りると、道を外れて地下への入り口がないか探してみた。緩い斜面といっても整備された道路と手つかずの地面では勝手が違う。私は何度も転びそうになった。

ただ、頭上を覆い隠す木のお蔭で夏の日差しをもろに浴びることはないのが救いといえば救いだ。

それから三十分は隠された入口はないかと探しながら下っていったが目当てのものは見つからなかった。


家に帰るとすぐに冷房をつけて冷蔵庫から冷えた麦茶のボトルを取り出すと勢いよくソファーに座った。

「あー!暑い!」誰もいないのに大きな声が出てしまった。

麦茶を飲むと雑木林でのことを思い出した。

あの土地は誰が所有していたか、それを調べなくては。それにしてもあの雑木林に建物があったなんて意外だった。

たしかに前に鹿島市へ行ったときは学校から雑木林につながる地下なんて知識はなかった。雑木林もあのときの私にとってはただの景色でしかなかった。

悔やんでも仕方の無いことだし無意味だとわかっていても「あのとき行っておけば」と臍を噛む思いにとらわれた。


麦茶を飲み汗が引いてきたところで学校と雑木林の位置関係を思い出してみた。あそこから学校の跡地までの距離を考えると出入口がある可能性は高いと思う。

しかしどこにあるのだろう?あの雑木林だってけっこうな広さだ。

闇雲に探して見つかるとは思えない。

そもそもどういう意図で作られたものなんだろう?

 例えば地下で働く職員の出入口なら、アクセスしやすい場所に作るはずだ。

道もない斜面にこっそり作っても不便なだけだし、地下施設が秘密の存在だとして不自然な場所から人が出入りしていれば却って目立つのではないだろうか?

秘密の施設の出入口を作る側にたって考えてみた。

出入口は人に知られない方が良い、だが人や物の出入りに関しては自然でスムーズな方が良い。矛盾するように思えるが両立できることだ。

例えば別の施設を作り、そこに出入口を設ければ良い。施設は人の出入りが自然ならばなんでも構わないはずだ。

例えば笠松の話にあった、これから作られる教育センターだとしよう。知らない人から見たらそこに出入りしているのは教育センターの職員なのだから怪しまれることはない。

昔もそうだったのではないだろうか?

 それとわかるようなものではなく、別の建物でカモフラージュしていたのでは。以前は研修センターが建っていると言っていた。

企業の研修センターなら関係者以外には縁のない場所だ。

なんだろう?なにかが引っ掛かっている。別の建物……共同開発……立ち入り禁止のフェンス……雑木林で見たもの、聞いた言葉を繰り返し思いだしつぶやいた。

「あっ……!」私は急いで二階に上がるとパソコンを開いて鹿島市のホームページにアクセスした。

右側に「官民共同事業の取り組み」というバナーがある。クリックすると開発予定の区域が色分けされた地図、建設予定の施設が網羅されていた。

その下に協賛企業の一覧がある。

クリックすると複数の企業の名前が五十音順に並んでいた。

次に別のウィンドを開いて日栄連のホームページを見る。たしか参加している企業と役員の一覧があったはず。

両方の画面を見比べてみると独りでに声が漏れた。

「うそでしょう……やった」自然と口許が緩んだ。鹿島市の共同事業に参加している企業五社の全てが日栄連に参加している企業だった。

さすがに霧島の名前はないが、霧島が主催している団体が関わっていた。これが偶々なわけがないと私は確信した。

興奮して体がかっと熱くなるのを感じる。

インターネットの有料サービスを使って雑木林がある土地の登記簿を閲覧した。

現在の土地所有者は安久興産、その前は共栄コンサルタント。

この会社はなんだ?霧島や日栄連となにか関係があるのか?

共栄コンサルタントのホームページに飛ぶとわりと大きな企業のようで、社史を見ると元々は安久興産の子会社で独立したとある。

独立が昭和四十六年。

雑木林の土地を購入したのが同じ四十七年。

ではその前は土地の所有者は医療法人憧英会……。

これは学校があった土地の所有者と同じだ。

 学校側の土地は事件後に国有地になり、市町村の合併が進み開発が始まる頃に鹿島市に払い下げられたはず。

財団医療法人憧英会は事件後に倒産している。

ここまでで霧島が関わっている記録は一切無い。現在の霧島病院は関係ないのだろうか?単に同じ名前の病院があの土地にあったというだけなのだろうか?

 いやいや、そんなことはないだろう。現にあの土地には霧島が関わる日栄連が連綿と関わっているではないか。

雑木林の土地にいたってはご丁寧に子会社から独立させて土地を買い、今になって親会社が官民共同事業として買い上げている。

憧英会だけが唯一詳細がわからないが、今はそこに囚われていても仕方ない。

 考えてみよう。もし霧島が過去の病院に関わっていたら、ここまで隠すのは何故だ?

記事にある食中毒なら、たしかに不名誉ではあるが数十年も隠す必要はない。

それにファイルにある研究内容も障碍者サポート技術の研究開発なのだから隠す必要のない立派な取りくみではないか。

現に今の霧島病院はその研究を大々的に公表している。

過去の研究と現在の研究ではなにが違うのだろう?考えられるのは食中毒としている事件の原因が過去の研究だったのではないだろうか?

それも彼等が思うような結果ではなく、非常に不本意な失敗によるものだったとしたら。そのせいで食中毒なんて比較にならないような惨事を起こしてしまったら、これはもう厳重に封印しなくてはならない秘密になるのではないか。

それでも得難い成果もあったために別の場所で研究を再開、かたや過去の土地の方はよほど目が離せないなにかがあったせいで事件後も迂遠な方法をとって管理していた。

あくまでも霧島が過去の事件にもかかわっていたらという前提ありきの仮説だ。しかし私には「霧島が関わっている」という確信のようなものがあった。


数日後に動画を二本上げた。

まず先に未来の動画を上げたが、未来の美貌が功を奏したのか反響は凄いものがあった。

未来から手渡されたファイルも動画で紹介した。

しかし、決定打には欠けていた。

未来が地下へ行ったことを客観的に証明するすべがない。

同じようにこのファイルも、確かに地下から持ってきたという証拠はない。

それでも陰謀や都市伝説ホラーが好きなリスナー達が食いついた。

ネットに検証掲示板まで立ったのだからまずまずの出だしだろう。

ただ一つ気になるのが映像だった。

なぜか所々ノイズが走る。

ひどい時は画面全体が歪むほどのものがあるのだが原因がわからなかった。

保奈美のとき、未来のときとインタビュー動画ではこの二人のものが一番画質が悪い。

他のインタビュー動画ではこうしたものは見られなかった。


その次に公開したのは、雑木林の動画。

こちらの方も評判は良かった。

現地に行って探検はしてみたものの結果は何もなかったのだが、ここが都市伝説のモデルになった場所かと大いに盛り上がった。

ただ、こちらもノイズがある。これはなんだろう?カメラがおかしいのだろうか?

動画を公開してから情報を提供するメールが以前にも増す勢いで届いたが、ほとんどは信憑性のないものだったり既にこちらが知っているものばかりだった。


 七月も終わりの方になり、私生活の方では美琴が夏休みに入ったおかげで昼間は賑やかになった。

私も少しは一緒に過ごす時間を増やそうと美琴が学童保育に通う日を週三日にしてもらった。

 今日はこの夏一番の酷暑ということで、美琴をプールに入れてあげた。プールといっても家庭用のビニール製のやつなのだが、ビニール製のシートにフレームを通すことで大人でも2、3人は入れる程のものだ。

慶一が夏に美琴が遊べるよう買ったものだったが、これ程のものとは思わなかった。

そのプールを前日の夜にバルコニーに設置して水を入れ、昼食をとった後に二人で入った。

と、いっても私は水着になったものの脇にあるテーブルで美琴がはしゃいでいる姿を眺めながら飲み物を飲んだり、美琴の動画を撮ったりする時間の方が多かった。

二時間ほど遊んだ美琴は、疲れたのか上がると言い出した。

「じゃあ、お母さんは少し仕事するから美琴も宿題やりなさい」

「わかった」

 美琴が水着から着替えて自分の部屋に行くのを見てからプールにシートをかけて、自分も自室にひきあげた。

 パソコンと資料を照らし合わせながら一時間ほどしただろうか。喉が渇いたが飲み物を持ってきていなかった。

リビングに行くために廊下に出ると美琴の話し声が聞こえる。読書感想文の本でも朗読しているのかと思ったがどうも違う。人と話しているようだ。

 少し前までは人形やぬいぐるみを使って一人遊びをしたり架空の友達をつくって会話して遊んでた。

きっと宿題に飽きてやっているのだろうと思い、そのまま一階へ降りた。

自分と美琴の分の冷えたお茶を持ちながら戻ってくると廊下に聞こえる美琴の話し声が少し気になった。

どこかひそひそと声を落として話しているようだが、なにかおかしい……。

違う……美琴の声ではないものが混じっている。

女の声だが、こちらもはっきりと聞き取れないくらいの声だ。

私たち以外にこの家に人はいない。誰かがいるということはあり得ない。

声色を使って一人二役をしているのかな?と思いながらも気になったので美琴の部屋へ歩き出した。

すると話し声がぴたっと止んだ。

宿題に飽きて遊んでいるのがバレたと思って黙ってしまったのだろう。

我が子のそんなところも可愛く思い「美琴」とノックしながら呼びかけた。

が、応答はない。

「美琴。お茶持ってきたわよ」

再度ノックをするも返事がないのでドアを開けた。

「あれ……?」部屋の電気は消えていて美琴はベッドの上で大の字になっていた。

「そんな寝たふりしてないで冷たいお茶でも飲みなさい」

笑って言いながら、お茶を机の上に置くと美琴のそばに顔を寄せた。

「あれ?寝てる……」

美琴は本当に寝ている。

さっきまで一人二役で遊びながら、私が来た途端に寝入ってしまったのだろうか?

「美琴」と、呼びながら体を揺するとぱちっと目を開けた。

「あっ、お母さん」

「なに寝たふりしてんのよ」

「ごめんなさい、読書感想文の本読んでたらつい寝ちゃった」

枕元に本が開いて置いてあった。

「なに言ってんの。一人二役で遊んでたじゃない。ほら、冷たいお茶持ってきたから飲んで宿題を再開しなさい」

「はーい」

起き上がると美琴は本を持って机の前に座った。

「じゃあ、お母さんとなりでまた仕事してるからね」

そう言って部屋を出ようとしたとき「一人二役ってなに?」と美琴が聞いてきた。

「喋ってたじゃない。一人で。前にもよくやってたでしょう」

「ああ、あれね。さっきのは違うの。寝ながら四番のお姉さんと話してたの」

「四番のお姉さん……?」

そういう名前の友達を設定したのだろうか?

「そう。お母さんが来るまでそこに座ってたの」

なんだか気持ちが悪い設定だな。

「お姉さんはお母さんの動画がすごい人気になるって言ってた」

「へ~良いこと言うじゃない」

こうしてゴマをするときは、なにかおねだりしたいときだ。

可愛いものだ。

「ただし、約束を守ったらって言ってたよ」

「約束?なに約束って?」

「さあ?私は知らない」

美琴は首をかしげた。まあ、細かいことはいいか。

「ありがとう!お母さん頑張るからね」

心地好い声援に感謝しながら自分の部屋にもどった。

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