第21話 待ち人来る
翌日、私はこれまでの取材で分かったことを断片的だが動画に上げることにした。
おおまかな筋は、鹿島町が元となった都市伝説があることとその内容。そして鹿島高校が建つ前は病院があったということと、どうも学校には地下施設があったらしいということ。
それらを重点的に話した。
そして引き続き、この件に関する情報提供を呼びかけることで〆た。
動画アップの目的は二つあった。
一つは新しい情報を得るため。病院で働いていた田島勝江は死んでしまったが、まだ他にも働いていた人間はいるはずだ。
年齢を考えたらこういう動画を見ている可能性は低いだろうが、もしかして子供や孫から動画の存在を聞くかもしれない、こちらにコンタクトをくれるかもしれないという淡い期待があった。
もう一つは弓月未来だ。私が取材した生徒が未来の連絡先を誰も知らないことだってあり得る。その場合、もし未来や近しい人がこの動画を見ていたら私に直接連絡をくれるのではないだろうか?
私が生徒たちに頼んでからまだ四日ほどしか経っていない。これから有力な情報が入ってくることも十分考えられる。いわば保険のようなものだ。
一日経って動画はかなりの反響だったが期待するような情報は入ってこなかった。
これ以上は焦っても仕方がない。
私は学校の前にあった病院を調べることにした。病院の名前は霧島病院。いわゆる精神病院だったらしい。
新聞記事からわかるのはここまでだった。
インターネットで検索しても当時の霧島病院に関することはヒットしない。
ただ、同名の病院は存在した。
私立病院で東京の本院をはじめ、神奈川、大阪、京都と全国の主要都市部に分院がある。
霧島病院は日栄連という団体からもかなり多額の出資を受けているようで、今度は日栄連なる団体を調べてみた。
こちらもインターネットでわかる範囲だが戦後まもなく旧財閥有志により作られた団体で「日本の復興と繁栄を担う連盟」ということで「日栄連」というらしい。
聞いたことのある大企業の経営者、政治家も多数参加しているようだ。
初代代表は発起人でもある霧島和孝。
戦時中に財を成して敗戦後は戦時中に得た人脈と情報を駆使して一大コンツェルンを築き上げる。
霧島が手掛ける事業は医療のほかにも重工業、ITと多岐にわたる。
和孝本人は既に故人で現在は息子の霧島秀隆という人物が代表を務めている。
霧島病院の方は本院院長に霧島珠代。
こちらの方はまだ三十代で和孝氏の曾孫かな?と思われる年齢だ。
この霧島病院が過去に食中毒事件を起こし、陰惨な都市伝説のモデルになった病院と関係があるのだろうか?
あまりにも華やかな霧島病院と過去の病院がどうも結びつきにくい。
過去の病院で食中毒事件があったのが昭和四十六年。
今現在ある霧島病院の設立が昭和五十五年で、このときに東京の本院が建てられた。
これは病院の方に直接取材しないとダメかな……机の引き出しを開けて自分の名刺を眺める。肩書がなく名前と電話番号にメールアドレス、動画URLが記載された名刺。
「これを出して大病院がまともに取り扱ってくれるかな?」不安でしかない。
こっちの方はいっそのこと慶一に全振りしてしまおうかと考えた。全国に展開する大病院からしてみればあちらの方が私よりはるかに信頼性があるだろう。
その日の午後、SNSアカウントを開くと画面に新しいメールの着信が表示された。
「あっ!」メールを開いてみて思わず声が出た。
「ひかる様
突然のメールですみません。私は元鹿島高校の生徒で弓月未来と申します。
あなたの動画を見て、あなたが強い興味を持っている「鹿島高校の地下」とは私が行ったことがある場所だと思いメールしました。
私は今まで自分が学校の地下に行ったことを誰にも話したことはありません。それは記憶が抜けているからです。
ただ、断片的ながら地下の事で覚えていることはあります。
あなたの取材を受けている中で、もしかしたら自分の欠けた記憶が埋まるかもしれないと思っています。
どうか私の記憶が戻るようお力をお貸しください」
ついにというか……ほんとうに来た。弓月未来からだ。
すぐにでも返信したい気持ちをおさえて未来からのメールを再度読んだ。
それによると未来は事件の記憶を断片的に失っているらしい。
それも肝心要の地下についての箇所を。
だが覚えている箇所もあると言うのは期待が持てる。
楽観的かもしれないが取材をしている内に記憶が戻るかもしれない。メールからは未来の方もそれを期待しているようにとれる。
舞い込んできた大チャンスに高揚する私は、ふと保奈美の事を思い出した。
保奈美は記憶が戻った友人が自殺したことから自分も自殺するのではないかと怯えていた。
そして実際に自殺ではないが、おぞましい姿で死んでしまったのだ。
もしも未来が同じような目にあったら……。
「まさか……記憶が戻ったら死ぬなんて……そんなことあるわけない」
不吉な思いを振り払うように頭を振ると未来への返信を打ちはじめた。
「弓月未来様
ご連絡ありがとうございます。「ひかる」の名前で動画配信をしている大石ひかると申します。
動画をご覧いただきありがとうございます。
私はライターの仕事もしており、鹿島町の暴動事件を調べていました。
その過程で鹿島高校にあったと言われる地下施設の情報を求めています。
もし弓月様がご存知のことをお話しいただけるなら是非とも取材をさせてください」
送信をすると十分ほどで未来から返信が来た。
「ひかる様
私の話がお役にたてるか不安ですが、取材を受けたいと思います。
そこでお願いなのですが、もし取材後も私の記憶が徐々にもどってきたときはその都度、取材をしていただけないでしょうか?」
その後は取材の日時と場所を決めた。
現在、未来は鹿島市を出て大学に通いながら都内、中野区で一人暮らしをしているらしい。
その近くにある喫茶店で会うことになった。
取材は二日後の午後二時。
未来との全てのやり取りを終えてから「やった!」という言葉をひとりでに発していた。
こんなに調子よくいくとは思っていなかった。
最悪の場合は興信所に依頼することまで覚悟していたのに、まさか相手の方からコンタクトしてくるなんて。運が良いとはこういうことを言うのだろう。
夜になり慶一が帰宅すると晩酌時に未来から連絡があったことを伝えた。
「すごいじゃないか!」
大きな声を出した慶一に向かって口に人差し指をあてるゼスチャーをする。
「美琴さっき寝たばっかりだから」
「ああ、ごめん」
慶一は咳払いすると「すごいじゃないか。向こうから連絡が来るなんて。しかも君の動画を見てたんだろう?これは運命だよ」
「運命?ちょっと大袈裟じゃない?」
たしかに幸運に恵まれていることに違いないが運命とまで言われると気後れしてしまう。
「雑誌でも新聞でもジャーナリストっていう仕事を長くしていれば、運命的というか、自分を代表するような案件に出くわすことがある。なにか見えない力に導かれるように進むときがあるんだ。ひかるの場合はまさに今追っている事件がそれなんじゃないかな」
「そんなもんかな……」
目に見えない力に導かれると言われたらそんな気もしないではない。
たしかに上手くいきすぎている。
慶一の手前、なんてことない風に言ってはみたがこの運に乗ろうと思った。
私はツイている。
「いい事があった後に言うのも気が引けるんだが」
慶一が少し曇った顔をする。
「君から頼まれた病院の件。少し時間がかかりそうだ」
慶一の話だと過去に食中毒事件を起こした霧島病院が現在の霧島病院と関係があるかどうかを調べるのは難航しそうだという話だった。
「とにかく資料がなさすぎる。あの場所に精神病院があったということははっきりしているんだが後がいけない。誰が経営していたのか、取り壊された後に関係者はどうなったのか一切わからないんだ。学校があった土地は医療財団法人憧英会というところが所有していた。だが事件後すぐに倒産、土地は国有地となって市町村合併後に鹿島市に払い下げられてる。学校はそれから建てられた。憧英会については古くて記録が残っていない」
「完全に痕跡がないわけね……そんなこと可能なのかしら」
「だから今の霧島病院に直接取材してみることにしたよ」
「ほんとうに?いいじゃない。やりましょうよ」
「もちろん過去の病院については調べてみるが、現在ある霧島病院にアタリをつけるのも悪くない」
「ってことは慶一の雑誌も暴動事件を本格的に追うってこと?」
「そうなるな。君とは提携させてもらうよ」
「どういうこと?」
「うちの雑誌で君の記事を扱わせてもらう。反響があれば出版だって当然有りえるわけだ」
私にとっては悪くない話だ。
ただ、気になることがあった。
「あなたの方は大丈夫?だって、公私混同とか社内で言われない?」
「俺の方は大丈夫だよ。この業界は売れるネタをとったもん勝ちだからね」
慶一が笑って言った。
「そっか。そうよね。なら安心して仕事に集中できるわ」
改めて二人で乾杯した。
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