第12話 脱出
「みんな武器は持ったか?」武藤先生がバットを持って振り向く。
私達は職員室にある武器になりそうなものを物色して手にした。竹刀、バット、工具箱からスパナやドライバーも手に取った。
「悪いけど、俺らはもう一度校庭を突っ切るのは無理だよ……ここに残る」三年生が言う。「どうしても残るのか?」
「もうあそこには戻りたくないの」三年女子が泣きそうな声で言った。
「わかった。なにか武器を持って隠れてるんだ。なんとか外に出て助けを呼んでくる」
「気をつけてね」三年生の女子が私の手をとって言った。
「ありがとう」
「いいか。俺達が出たらすぐにドアをロックしてバリケードを築くんだ」
「わかったよ」
校庭を突っ切って、第二校舎にある防災倉庫に行くのは武藤先生と私達の六人だけになった。三年生は残る。
ドアを静かに開けると、私達は真っ暗な廊下に出た。誘導灯がぼんやりと緑色に周囲を照らしている。
上の階から聞こえる咆哮や呻き声が聞こえるが、二階に近付いてくる気配はない。
武藤先生に続いて、修哉、私、残りの三人と順番に出ると職員室のドアが閉まった。
早くしないと時間がない。
「いいか、まずは一階の非常口から外に出る。次に校庭側に回って第二校舎の非常口から中に入る。防災倉庫は非常口から入ってすぐだ。みんな頑張ろう」武藤先生が小声で話すとみんな頷いた。
上の階から断続的に唸り声が聞こえる。私達は息を殺しながら一階に降りた。
「シっ!」武藤先生が短く声を出すと片手を上げた。みんな動きを止める。
階段を降りるとすぐ横に非常口がある。しかし廊下に無残な多数の遺体の側らに、座り込んで唸っている暴徒が三人見えた。
非常口の鍵を回す部分には透明のプラスチックカバーが付いている。あれを外さないと非常口は開かない。
武藤先生が私達の顔を見ながら無言で頷いた。
音を立てないように階段を下りて非常口の前に行く。まだ暴徒は気がついていない。
武藤先生がバットの先でカバーを壊した。その音に反応して暴徒がこちらを向いて起き上がる。
「早く出ろ!」武藤先生は素早くロックを解除してドアを開けた。
暴徒は叫び声をあげながらこちらに四肢を振り上げて全力疾走してくる。
私達は後ろを振り返らずに第二校舎の非常口目指して外に飛び出した。
真っ暗な校庭の方へ突っ走る。後ろからは追ってくる叫び声。
非常階段にいた暴徒も私達を見つけるとその場から飛び降りてきた。地面に叩きつけられても動ける者は起き上がって追いかけてくる。
校庭に出ると溢れかえる町の人と生徒が私達に気がついて一斉に走ってきた。
「急げ急げ!走れ!」武藤先生が私達に大声で叫ぶ。
「未来!」修哉が振り向いて私に声をかけた。
私は応えずにひたすら全力で走る。
「わあ!!」「ぎゃあ!!」私の横と後ろを走っていたクラスメイトが飛びかかられて地面に倒れる。そこに何人もの暴徒が覆いかぶさった。
非情口に着くと武藤先生が鍵を開ける。
咆哮とともに迫り来る暴徒たち。
「開いたぞ!入れ!」先生、私と修哉の順番で入った。
「うわああー!」最後に入ろうとしたクラスメイトが暴徒の集団に捕まって引き倒される。もう助けられない。
「助けてくれー!」悲痛な叫びを聞きながらも私達は非常口を閉めるしかなかった。
ドアをロックするも、尚も追ってくる暴徒は非常口に殺到しドアをバンバン叩く。その音に誘われて反対側の廊下から校舎を揺るがすような足音が響いてきた。
「こっちだ!!」武藤先生が非常口の階段の裏を指すとドアがあった。
階段の上からも叫び声と大勢の下りてくる音が聞こえる。廊下の向こう側から津波のように押し寄せてくる変わり果てた生徒達。
「先生!来たよ!」武藤先生がドアの鍵を開けようとすると手から取りこぼした。
「なにやってんだよ!」修哉が怒鳴る。
慌てて拾う武藤先生。
暴徒の叫び声はすぐそこまで迫ってきた。
「よし!」武藤先生がドアを開けて私達が滑り込む。
武藤先生も続いて入ってドアを閉めてロックした。
吼えながらドアを叩く音が倉庫な中に響く。
「間に合った……」修哉が脱力したように言う。
「助かったのは三人だけか……」武藤先生が私と修哉を見て言った。
「明かりをつけるぞ」
真っ暗な倉庫をライターの火を頼りにスイッチを見つけて押す。
パッと明かりが点いた。
「あれ!?ここはどこなの!?」私は目の前の光景に戸惑った。
「はあ?何言ってるんだ?ここは防災倉庫だろう」
修哉が首を傾げて言う。「だって、さっきまで職員室にいたじゃない!?」私はわけがわからない。なぜこんな場所にいつの間にか来ているのか。
「未来が言ったんだそ!ここに地下に通じる階段があるって」
「私が?」なぜ私がそんなことを知っているのだろう?
「どうしたんだよ?大丈夫か?」声を荒げる修哉。
でも、私の記憶は警察が全滅したところで意識が飛んでいて……気がついたらここにいた。
「いいから手伝ってくれ。ここにある非常食の備蓄をどかさないと階段に通じる扉を開けれない」
武藤先生に言われて修哉は私を訝しそうに見ながらも手伝いに回った。
私は一体どうしてしまったのだろう?
「未来!手伝ってくれ」
修哉に言われて手伝う。今は余計なことを考えるのは止めよう。
とにかくここから地下に降りて外に抜けれるらしい。
助かる……助かるんだ!
修哉と一緒にダンボール箱を動かしながら希望を感じた。
希望を感じたと同時に疑問がわく。
地下……病院には地下があった。お婆さんの言葉を思い出した。
なぜ、そんなものを残しておいたんだろう?なぜ?
「ここだ!あったぞ!」疑問を感じた時に武藤先生が床にある扉を指さした。
「こんなところにあるなんて……」修哉が小さな声で言う。
「これで助かる」
武藤先生が鍵を取り出してその扉を開いた。
急に動きが止まった。
「どうしたの先生?」「なんだよ?どうしたんだよ?」私と修哉が声をかける。
「うがあああ!!」振り向いた武藤先生は顔中から血を流して変貌していた。
歯をむいて叫びながら武藤先生が私に襲いかかる。
「危ない未来!」修哉が私を横に突き飛ばす。
「ぎゃああお!」武藤先生は獣のように叫びながら修哉と組み合った。
「修哉!」
「未来!早く地下に入れ!通路沿いに伝っていけば外に出られる!早く!」
修哉は必死に武藤先生を押さえながら叫ぶ。
「いやよ!修哉も一緒に!」
「俺も行くから先に行け!早く!」
私は泣きそうになりながらも地下への階段に足を踏み入れた。
不思議なことに電球が点いている。
「修哉!」もう一度振り向いて呼ぶと修哉までが真っ赤な血を流しながら豹変した。
「うおおおお!」「ぐわあああ!」二人が私を見て唸る。私は咄嗟に扉を閉めた。
「うごおおおー!」叫びながら扉が叩かれる。うっすらと見えるサムターンを回して扉をロックした。
薄暗い階段に扉をたたく音が響く中、私は泣きながら階段を下りた。
修哉……修哉までも……もう悲しくて絶望でなにも考えられない。
私は階段の途中で座り込んで泣き出してしまった。
どのくらい泣いていただろう?いつの間にか扉を叩く音が聞こえない。
暴徒となった修哉たちは興味を失い別のところに行ったのか?あのまま部屋の中にいるのかはわからない。
そういえば扉の鍵はどうしただろう?私は持っていないということは、扉に刺さったままなのか?ここで回収しておかないと後から扉を開けられて追ってこられないだろうか?
しかし、回収しに扉を開けたときに二人がまだいたらと思うと恐くて開けられない。
私の脳裏に豹変した修哉の顔が浮かんだ。途端に悲しくなって涙がでてくる。
ダメだ…… 泣いてばかりじゃいられない。まだ学校の中には真理や恭平が残っているかもしれない。外に出れるなら助けを呼びに行かないと。
鍵を回収して危険を冒すより今は一歩でも外に近付くことの方が優先されるはずだ。
扉を開けて入ってこれるならとっくにそうしているはずだと考えた私は、鍵の確認と回収より進むことを優先することにした。
涙を拭うと立ち上がって階段を下り始める。
階段を下りたら通路沿いに行けという修哉の言葉を思い出した。その先に左右に分かれた通路があり、どちらにいっても外に出られると。
電球に照らされてはいるけど、私は慎重に階段を下りていった。
そして二三階分は降りただろうか?ついに下までたどり着いた。
まっすぐ伸びた廊下の先に誘導灯が見えて左右に通路があるのが分かる。
「やった!」
そう口に出して歩いて行くと黒い塊に気がついた。
なんだろう?
恐る恐る近付くと、それは壁が崩れ落ちたものだった。
良く見ると壁や天井部分のいたるところが崩落している。
一週間前の大きな地震を思い出した。
もしかしてそのせいで目の前にある扉が露出しているのかも。
修哉の話だと階段を下りてきて、まっすぐ歩いてくると本来は壁に突き当たって、通路は左右にある造りなのに壁の中に扉があるなんて意外だった。
しかも外から閂で二箇所閉めていて、かなり頑丈そうな扉だ。
「誰かいるの?」
いきなり扉の向こうから声が聞こえた。
女の子のか細い声。
「誰かいるの?お願い!助けて!」
どういうことだろう?なぜこんなところに人が。
「お願い。閉じ込められてるの!助けて!」
女の子の声は半分泣いているようだ。
閉じ込められている?
大変だ!
「待ってて!今助けるから!」
そう叫んで閂に手をかけた時だった。
「未来!ダメっ!開けてはダメっ!」
「えっ!?」
真理の声がした。
でも周りを見ても真理の姿なんてない。
「助けて!早く!!」
扉の向こうから聞こえてくる女の子の声は切羽詰っている。
私は閂を二箇所外して扉を開ける両の腕に力を込めた。
鈍い音ともに扉が開くと、中にはうちの学校の制服を着た女の子が立っていた。
背は私とさほど変わらないが、見た感じは少し年下に感じる。
長い黒髪に透通るよう白い肌。
そして異様に整った美貌。
どこかで会ったことがある気がするのだが思い出せない。
「あなたは誰?とじこめられたってどういうこと?」
「わからないの。知らない人に攫われて気がついたらここにいたの」
「とにかく出ましょう。もう大丈夫。こっちよ」
女の子を外に連れ出そうと手を掴んだとき、異様な冷たさに驚いた。
「ダメよ。外は危険だから」
「わかってる。だからこの通路を伝って裏手に出て助けを呼びに行くの」
「無理。この裏手にも外には気が狂ったような人がうじゃうじゃいるわ。私を攫ってきた奴らが話してた」
「そんな」
女の子の話を聞いて絶望した。
これでは外に出たところで助けなど呼びに行けそうもない。
「でも外で起こっている恐ろしいことを終わらせることならここでできるの」
「どういうこと?」
「この部屋の奥に町の人を狂わせている電波を出す機械があるわ。それを壊すなりして止めれば恐ろしいことは終わる」
「部屋の中って、あなたを攫ってきた人がいるんじゃないの?」
「あいつらは外に出て行った」
「危険なのに?なんで?」
「私にはわからない。でも絶好の機会よ」
女の子は私の手を取ると奥へ歩き出した。
「ちょっと待って」
私が言ってもどんどん真っ暗な奥へ歩いて行く。
もの凄い力だ。それに冷たい。
「これよ。この機械」
女の子が指さすが暗さで良く見えない。
「地下から逃げるために来たのだから懐中電灯くらい持っているでしょう?」
言われてスカートのポケットになにかが入っているのに気がついた。
手に取ると懐中電灯だった。
さっきとは打って変って女の子は冷静だ。
女の子が指す方を照らすと、見たこともない機械が並んでいた。
どれも長方形の黒いもので、まるで御棺を直立させたような感じだ。
気味の悪い機械は低い唸り声のような音を出していて、下の方にはコードがどこかへ伸びている。電気が通っているのだ。
さらに同じような機械が数台、コンクリートの塊に潰されたように倒れていた。
これはさっき見た壁や天井の崩落と同じで地震のせいなのだろうか?
「待ってちょうだい。この機械が電波を出して人を狂わせているなら私たちも危ないじゃない」
「誰にでも作用するわけじゃないわ。現に私もあなたも大丈夫でしょう?前に四人ほど外から来た人がいたけど、耐性がないのか電波が強すぎて話す前に死んでしまった。だから私もあなたも耐性があるのよ。さあ、やるのよ」
女の子に言われた私はコンクリートの塊を手に取り一心不乱に機械を叩く。
漠然とあった女の子への不信感など消し飛んでしまった。
この機械を壊す。壊さなくてはいけない。
それだけが私の思考を占めて突き動かしていた。
コードの付け根を引っ張って見ても固定されていて取れないので、そこを重点的に叩いていると、ついに固定していた金具が外れてコードが剥き出しになった。
それをなぜか持っていたドライバーを使い切断すると、機械は低い唸り声のような音を止めた。
「よくやったわ。これで助かる」
横から女の子が声をかけてきて私はようやく我に返ったような気がした。
女の子は私を見ると美貌を向けて形の良い唇の端を吊り上げる。
その笑顔に背筋が凍るのと同時に禍々しいものを感じた瞬間、部屋の電気が一斉に点いた。
「ええっ!これは?」
私のすぐ横にいた女の子の姿がない。私が壊した機械もない。まるで煙のように消えてしまった。
「ちょっと!どこにいったの?」
辺りを見回すとさっきまでの暗闇が嘘のように明るい空間が広がり、白衣を着た人が何人もいる。
ここは研究室なのか? あの人たちはなんだろう?
さっきの女の子を攫ったという連中なのか?どうもそうは見えない。
「すみません!!」
意を決して私は大声で彼らの背中に叫んだが反応がない。
「すみません、助けてください!」
思わず一人に駆け寄り体に触れるが、私の手は白衣の人の背中を擦り抜けて空を切った。
「これはなに?」
まるで私なんか見えないかのように白衣の人たちはなにか作業をしている。
機械を運び込んだり、カメラをセッティングしたり。
そして奥のドアがガチャッと開くと、白い病院服を着た少女が現れた。
「あの子だ!!」
以前、私が夢に見た少女!
不思議な実験をしていた少女!
そしてさっきまで一緒にいた子だ!
「先生、準備できたよ」
そう言った少女の視線の先を見ると背の高い、白衣を着た人物が立っている。
細身でメガネをかけていて、年齢は三十代くらい?
誰かに似ている。そうだ恭平!恭平にそっくりだ!
「じゃあ座って。異常を感じたらすぐに言うんだよ」
「わかってる」
先生と呼んだ男性に少女は愛らしい笑顔を見せて答える。
先生という人が少女の頭を撫でた。
そして他のスタッフが少女の額、腕、胸元に電極を貼り付ける。
奥からスタッフの一人が大きなモニターを持ってきた。
スイッチが入ると画面にイスに座った、同じような病院服を着た患者らしい男性が映し出された。
この前、夢で見た時よりも遥かに鮮明に見える実験。
これから何をやるの?
私はただ、目の前で起こることを息を呑んで見ていた。
「始めます」
少女がそう言って目を閉じる。
「計測開始」
スタッフが時計で時間を測り始めた。
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