第11話 真理

「怖い、 怖いよ」

「どうなるの?」

声を殺しながら泣く女子の横で真理は床に座り込んでいた。

未来と離れた真理は、血まみれで追いかけてくる生徒達から逃れて一階下の突き当たりにある、音楽室に女子四人と篠田先生と一緒に逃げ込んでいた。

「クソッ。なんてことだ!こんなことになるなんて!」

篠田先生が忌々しそうな顔をして窓際へ歩く。

「だからあの教室に自衛隊が助けにくるまで籠城していればよかったんだ。危険を冒して職員室に移動するからこういうザマになる!結果的に人数がばらけて助かる確率が飛躍的に下がったじゃないか!人気取りの若造め!」

真理たちがいるのも忘れたかのように、篠田先生は武藤先生のことを罵った。

「とにかくここから出るんだ。このままだと感染する」

篠田先生が窓の外を見ながら言った。

顔には明らかに焦燥が滲み出ている。

そこには、さっきまで率先して危機を打開しようと行動していた英雄的な面影はなかった。

舌打ちを繰り返し、不安そうに口元に手をあてる。

直前までは籠城していたほうが良かったと言いながら、感染を恐れて早く出ようと言い出す。

支離滅裂だ。

真理は篠田先生の言動から危うさを感じた。

なんとか篠田先生にさっきまでの落ち着きと判断力を取り戻してもらわないと、この状況では生存率が大幅に下がってしまう。

この非力な女生徒グループの中で、頼れる戦力は篠田先生しかいなかった。

「でも先生、外にはうようよいるよ」

「駐車場なら校庭ほどはいないだろう。隙を見て車に乗れば逃げられる」

「辿り着くまでに殺されちゃうよ」

「ここにいてもどのみち感染するか奴らに殺される」

「そんなの嫌だ!」

真理は先生と生徒達のやり取りを聞いていた。

そしてある決意をした。

「みんな、先生も聞いて欲しいの」

「なんだ?」

篠田先生が窓の外を伺いながら聞いた。

「これはウイルスじゃないの」

「なにっ」

「えっ」

一緒にいた女子も篠田先生も驚く。

「こんなこと言うと信じられないかもしれないけど……私には霊感みたいなものがあって、少し前から学校に私達とは違う「なにか」がいるのを感じていたの」

「おまえ、何を言っているんだ?頭がおかしくなったのか?」

篠田先生の言葉に真理は首を振った。

「ウイルスで人が自殺したり他人を殺したり噛み付くと思いますか?さっき逃げてる時に分かったの。これはもの凄い悪意が拡散されていて、それに影響を受けた人が凶暴になってるの」

真理は構わずみんなに話し続けた。

「ふざけるな!幽霊の仕業なのか?これが?俺は何も感じないぞ!」

篠田先生が否定すると真理が返した。

「携帯電話の電波だって私達は感じないし見えないじゃないですか。それと同じです」

「だったら余計にここにいたら危険だろう!奴らの隙を見て早く外に逃げたほうがいい!」

「外も同じ状況なんです!町の人が襲ってきたのが証明してます!」

「じゃあお父さんもお母さんも殺されたの!?」

「いや、私達を襲いに来るかも!!」

真理の話を聞いて女子達は余計に動揺した。

「とにかく、私達は気をしっかり持って!絶対に影響されてはダメ!」

みんなを説き伏せるように真理は言う。

しかし真理自身もどうやれば防げるのかわからなかった。

ただ、見ていると広範囲に拡散している念の影響を受ける人間と受けない人間がいる。

この差がなんなのかわからないが、今は自分の気をしっかり保てとしか言いようがなかった。

一番いいのは念が及ばない場所まで逃げるのがいいが、それにはリスクが大きすぎる。

あれだけ凶暴化した人間の中を逃げるのは無理だと思った。

「笑わせるな!俺は行くぞ!そんなにここにいたかったら勝手にしろ!」

「先生!それよりもここにいて私達と一緒にいて助けてください!」

真理は必死に懇願した。

「ふん。ごめんだね。おまえらはいつも教師を馬鹿にしておいて、こういうときだけ頼りやがる。知ったことか。俺一人助かればそれでいいんだ」

「そ、そんな!」

真理は絶句した。

「俺は行く」

篠田先生が大股にドアのところへ歩いて行くと、二人の女子が追いすがった。

「私も行く!」

「お願いします!」

「ふん。勝手にしろ。俺は途中で助けないからな」

そう言うとドアのロックを外して静かにドアを開けた。

外からは校舎のどこからか叫び声が響いてくる。

「よし。誰もいない」

音楽室のそばに誰もいないことを確認すると、するりと半開きのドアから出ていった。

後に二人の女子が続く。

真理は急いでドアを閉めてロックした。

音楽室に残ったのは真理を含めて三人の女子だけになった。

「大丈夫かな?ここのドアは?」

「一応、イスとかで塞いでおこう」

三人は物音を立てないようにドアの前にバリケードを作った。

音楽室のドアは一部窓付きになっているので、外から見えないようにカレンダーを持ってきてテープで止めた。

あとはここで事態が収まるのを待つだけだが、それがいつ来るのかはわからない。


もう外はすっかり闇に包まれていた。

真理達三人は音楽室の隅に固まって座っていた。

「あの子達、大丈夫かな?」

「どうだろう?運がよければ」

話していた女子二人が真理を見る。

「ねえ?ほんとうに幽霊なの?」

「うん」

「助けは来るの?」

「必ずくるよ」

外が同じ状況になっているなら必ず助けは来る。

外を鎮圧したりするから時間がかかることはあっても、この学校で起きていることに気がつかないということはありえない。

そして、自分がしっかりしてここにいるクラスメイトをなんとか守ろうと。

今までは里依紗がいた。

こういうとき、必ず自分を助けてくれた。

しかし今はいない。

もう頼れない。

自分がやるしかない。

真理は自分にそう言い聞かせた。

そして未来を思った。

未来は大丈夫だろうか?恭平も修哉も一緒にいるのだろうか?

もしかしたらみんなバラバラかもしれない。

真理は全員の無事を強く願った。

そのときだった。

何人かの足音がドアの外から聞こえた。

みんなビクッと体を震わせる。

「ぎゃおおおお!!」

獣のような雄たけびとともにドアに体当たりをしてきた。

バリケードに積み重ねたイスが傾く。

「来た!」

「嫌だッ!」

三人は互いに体を抱き寄せた。

ドアを破ろうとする暴徒が激しくドアを叩く。

「ぐわっ!」

頭突きをしてドアの窓をぶち破ってきた。

「きゃあー!」

窓から覗いてきた顔を見て全員が悲鳴を上げた。

それは、さっき教室を出ていった篠田先生だった。

その後ろには、同じように豹変したさっきまで一緒にいた女子二人の恐ろしい顔が見える。

変わり果てた三人は叫びながらドアを破ろうとする。

「みんな!準備室に逃げよう!」

真理が咄嗟に言うと、二人は立ち上がって教室の角にある準備室のドアに向かって走った。

バリケードは崩れ、もう持ちそうもない。

そのときパトカーのサイレンが聞こえた。

「やった!警察だ!」

「みんな!準備室に急ごう!警察が来るまで隠れてよう!」

「ぐわおおおー!」

真理が促したとき、隣にいた女子が顔中から血を流して吠えると、真理の白い首筋に噛み付いた。

「ぎゃああっー!」

真理は首筋を噛みちぎられて、噴水のように血を噴き出しながらその場に倒れた。

どくどくと流れる血と一緒に、真理の意識も遠のいていく。

薄れる意識の中で最後に真理は未来のことを思った。

「未来 ……どうか助かって」


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