第三話 猫
「なんか喃語みたいだな」
ヒロからの返信はシンプルだった。
喃語とは赤ん坊が発する言語であり、最初に「あっあっ、うっうっ」などの母音、その後破裂音をふくむ「ばぶばぶ、ままま」など発するようになる。この段階の言語を喃語と呼び、この時期からコミュニケーションの働きを持つと言われる。
私たちはラーメン屋「笑福」を出た後、駅に向かって歩いた。
「喃語かぁ、」
「あいつ、よくそんなのしってるな、思いつきもしなかったや」
ヒデはポケットからネックウォーマーを取り出しながら言った。
「あだばだって赤ん坊言えんのかな?」
「いえるだろ、歯が生えてなくても破裂音なら言えるらしいぜ」
「たしかに」
「でもあれだな、「あだばだ」ってのは人間が最初に発する言葉なのかもな」
「た、たしかに、、、いや、まさかぁ、」
私はヒデの核心をついたような発言に驚き、少し立ち止まってしまった。
なるほど、最初の言葉か。いろんな辞書を漁り、仮説を立てたがしっくりくるものは一つもなかった。けれど、「喃語、最初の言葉」説には妙に説得力がある。
「あだばだ」という言葉が肌に馴染むように感じるのは、もしかしたら、昔に何度も言ったことがあるからかもしれない。
しかし、問題は何一つ解けていない、なぜ電車の老人の新聞に書いてあったのか。なぜその新聞の他の詳細が全く覚えていないのか、「エイダバダ」と発音したときの不安感。
謎は多い。
三月も半分を過ぎたというのに、春の兆しは見えず、春も長い冬眠をしているようで、凍てついた夜空を睨みつけた。
「冬の大三角が見えるな。もう少しで春だから、ほら東の方にウミヘビ座の頭が見えるはずだ」
私は先ほどの感心を返すように自慢げに東の空を指さした。
「建物であんまり見えねぇな、」
そう言いながらヒデは携帯で私の指とその方角の空を撮った。
「なんも写らないだろ、撮ってどうすんだそんな写真」
「ヒロに送るんだよ、ウミヘビ座だーってな」
「おまえ、ほんとヒロ好きだな」
私は呆れながら言った。
駅の改札を通り、「じゃぁ」「また」とそれぞれ反対方面のホームに向かおうとしてたところ、ヒデが呼び止めた。
「ヒロから返信きた」
「次は早いな」
嬉しそうだなお前、とは言わずに返信の内容が読まれるのを待っていると、ヒデが首を20度ほど曲げ、眉間にしわを寄せ、口をへの字にした。妙な顔だ。
「なに、なんて書いてあんだ?」
強引に携帯をのぞき込むと、私もヒデと同じ顔になってしまった。妙な顔がふたつ。
そこに書かれていたのは、またもシンプルだった。
「ウミヘビは猫を食ったんだろ?」
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