第299話 ご帰宅

 夕暮れ。アトリアは街での騒動を鑑みて、その日は剣術の稽古を休むことにした。彼女にとって完全に習慣となっていたそれを休んだことで空いた時間、手持ち無沙汰に魔導書をぱらぱらと捲っている。


『……なんだか落ち着かない。外で素振りでもした方がスッキリするかしら?』


 アトリアが木剣を手に取り、外へ出ようかと迷っていたところに部屋の扉が開いた。スピカが戻って来たのだ。


 独断で1人、勝手に街へと出て行ったスピカに文句の1つも言ってやろうと思っていたアトリア。しかし、そんな彼女がひと目見て、その気を無くすほどにスピカはしょんぼりした姿を見せる。


「……おかえり。その様子だと――、相当しぼられたみたいね?」



 スピカが無事に魔法学校へ戻ったことは、アトリアやその仲間たちにも知らされていた。だが、彼女に待ち受けていたのは、ティラミスからの長い長いお説教の時間。


 あまりにわかりやすく萎んだスピカを見て、アトリアは思わず微笑む。スピカほど今の感情が見た目に反映される子も少ないだろう。


「アトリアには心配をおかけしました……。明日、ゼフィラやシャウラにもきちんと謝ります」


「……そうね。あなたのその無鉄砲さ、もう少し制御しないと。そのうち、取り返しのつかない失敗につながるかもしれない」


「はい、どうしても考える前に体が動いてしまうんです。考える時間が勿体なく感じるというか、居ても立っても居られなくて……」


「……気持ちは理解できるけど――、考えることを放棄してはいけない。魔法使いは戦場でも後ろを任されることが多い。常に状況を把握する冷静さをもたないと」



 スピカの暴走に腹を立てていたアトリアだったが、あまりに彼女がしぼんだ姿を見せるので、怒る気もどこかに失せてしまったようだ。ゆえに、友達としてスピカの気持ちを理解しながらも優しく諭すのだった。




 スピカとは別で、無断で街を歩き回っていたリリィ・アンバー。


 彼女もまた、消火に出た学生たちより遅れて学校へと戻って来ていた。4回生の教員に呼び出されて、厳しい叱責を受けていたのだが、彼女はどうやらまったく意に介していないようだ。


 黄昏時から徐々に夜の闇が忍び寄る時間、リリィは誰もいない屋外演習場にひとり立っていた。


 練習用に設置された標的目掛けて、得意の魔法を何度も打ち込んでいる。闇の中、傍からその表情を確認することはできない。

 ただ、もしその顔を覗き見た者がいたとしたら、きっと驚いたことだろう。リリィの顔は狂喜ともいえる――、内側からあふれ出す刺激を抑えられないといった顔をしていたからだ。


『ヤバい……、ヤバヤバのヤバたん。なんなのよ、見せられたら周りの魔法使いなんてみんな薄味の病院食だって! あんなビリビリくるシゲキもらっちゃたら、うちオカシくなっちゃいそう』


 彼女の脳裏には、今日の街中で偶然居合わせた光景が鮮明に焼き付いていた。「不死鳥」シャネイラ・ヘニクスとサーペントの集団が戦ったその瞬間が。

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