第288話 燃やす

 気象台では、空を覆う雲が2割から8割なら「晴れ」だという。それに倣うなら、今日の天気は雲こそ多めではあるが、分類としては間違いなくだった。


 少なくとも、雨を降らせるような黒雲、ましてや雷鳴が轟かせる雷雲などどこにも見当たらない。


 ゆえに――、その雷は地上から発せられたもの……。



 雷の上級魔法「ライトニングレイ」を繊維とするなら、それが糸を成すまで束ねられた雷撃。ラナンキュラスの放った魔法は、まさにそんな一撃だった。


 周囲の雑音をすべてのみ込んで、塗り潰してしまう轟音。彼女の向けた杖先を辿っていくと、石造りの路面が真っ黒に焦げ付き、蒸気を噴き上げている。


 そして――、その中心にミイラ姿男が立っていた。



「なるほど……、があなたの魔力の秘密ですか。ミイラ男さん。ずいぶんとおぞましい邪法に身を染めたものです」


 神のいかずちともとれる一撃を受けて、なお立っている魔法使い。しかし、耐魔法の加工が施されているローブはなんとか無事のようだが、その下の彼を包んでいた包帯は、今の雷撃に耐えきれなかったようだ。


 一瞬にして数年の時を経たのか如く、ボロボロに朽ち果てた包帯は、彼の身体から剥がれ落ちていく。そして露わになったのは、肌の色を錯覚させるほど無数に描かれた謎の文字や模様の数々だった。


 一見すると、度が過ぎた刺青の類に見えるが、ラナンキュラスはそれがなんなのかを理解しているようだ。


「魔法学校で習わなかったのですか? 術式を組み込んだ魔道具は、使ったら壊れるのですよ?」


 魔法使いの男、彼の身体に書かれて――、あるいは描かれているのは、魔力の一時的な増強を施すためのさまざまな術式。

 「エリクシル」と違って即効性の強さが特徴。対して、その肉体的負荷や反動も強烈で、魔法使いの間では「邪法」と呼ばれている。ましてや、それを複数同時に処すなど普通ならありえない。


 ゆえに――、相手の男がいかに異常なのか、言葉を交わさなくても十分に伝わってくるのだった。



「オ前は……、長生キがシタイのか?」


「あらあら……、お話できたんですね」


 この戦いの中、幾度か試みた問い掛けに反応はなかった。だが、今のになにか引っかかるものがあったのか、男は初めて口を開いた。


「『ローゼンバーグ』に勝ル。魔法使イにとって、コレ以上の誉レはナイ」

「――そのためなら……、この一時に命を燃やしますか?」


 男は黙り込む。ラナンキュラスの言葉を否定しないのは、つまりそういうことなのだろう。


「でしたら……、小細工なしに魔力のすべてをここでボクにぶつけてみなさい。その覚悟があるのなら、受け止めてあげますから」


 これを聞いて、邪法の魔法使いは、杖を前に出し、一気に魔力を集中させる。それに対してラナンキュラスは言葉通り、真正面から受け止める構えを見せるのだった。

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