第286話 真剣?

 スピカの大きな声に反応し、ユージンは声の主である少女に顔を向ける。初めて出会った時もそうだったように、強面の彼だが、スピカへ向ける表情は優しかった。


「――いつかの、魔法学校のお嬢ちゃんか? こんなところでどうした? 今……、街はちょっとばかり危ないぞ?」


「上からたまたま見えたんです! なんとなく状況はわかりました! 怖い顔のおじさん、安心してください! あたしが治療を受けられるとこまで運びます!」


 ユージンとその部下たちはスピカの「上から」、そして「あたしが運ぶ」の意味が理解できないでいた。当然だが、彼らはスピカの特異な魔法の力を知らないのだ。



「目的地は――、ブレイヴ・ピラーの本部ですか!? あたしは街のこと、あんまりわからないので方角だけ教えてください!」


 スピカの勢いに押され、ユージンの部下はブレイヴ・ピラー本拠地のある方向と、その要塞を思わせる建物の特徴を伝えた。


「おっきくて黒くて高いのが目印ですね! それならきっと大丈夫です! お仲間の皆さんは後から追ってきてください!」


 そう言い終えると同時にスピカは宙を舞い、さらに重力魔法でユージンの身体を浮かべて見せた。


「おっ!? おお……、お嬢ちゃん、こんなことができたのか? しかし――、身体が勝手に浮かぶってのは肝が冷えるぜ……」


「あたしはスピカです! 最短距離でいきますよ!」

「ユージンだ……。まさかこんなかたちで助けてもらうとはな」

「あたしも遠征で助けてもらいました! 魔導書グリモワと、友達を助けてくれたお礼です!」


 スピカは教えられた方角に、周囲より明らかに高い目標の建物を発見すると、鼻息をふんと吐き出し、気合を入れた。

 そして傍から見るとユージンを背に乗せたようにして、障害物のない空の道を進んでいく。その姿を呆気にとられながら、彼の部下は見つめるのだった。



 スピカの滑空は速さこそ「高速」とまではいかないが、一切の遮蔽物なく最短をつき進める。なんとかユージンが意識を失う前に、ブレイヴ・ピラーへと辿り着いたスピカ。


 門番の兵士は、少女が空から降ってきたこと、さらに負傷したユージンを伴っていたことなど、情報量の多さに一瞬混乱したが、すぐに冷静さを取り戻していた。


 本拠地には、リンカ直属の救護隊が数名残っていたが、彼の傷の具合を確認すると呼ばれたのは、隊長のリンカその人だった。


「ぅわーお! 盛大に出血しちゃってくれちゃいまして! ――と……、私としたことがちょっぴり興奮しちゃった! はしたない」


 怪我人――、ましてや重傷者の前でも、彼女は「平常運転」。デザートを前にした子どものような爛々と輝いた目を見せたと思ったら、今度は下をペロリと出して、悪戯っ子みたいな仕草を見せる。


 しかし、その次の瞬間には、キリリとした真剣な表情へと変わり、ユージンへ回復の措置を施すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る