第104話 解せない

「――少し意外でした。罵詈雑言を浴びせられるものだと思っていましたから」


 暗い通路を進むアイラとラナンキュラス。アイラは沈黙を嫌う女性ではない。ましてや、「人」に興味をもつことなどほとんどない。ゆえに彼女から話しかけるのは珍しい光景といえた。


「怒り怨みの言葉をぶつけてスガさんが戻って来るならそうしますよ? 人としての尊厳を壊しちゃうくらいに、ね?」


 少し前まではアイラの背中を追っていたラナンキュラスだが、今は並んで歩いている。はやる気持ちがそうさせているのか、あるいはアイラの顔をきちんと見ておきたいからなのか……。


 アイラは隣りを歩くラナンキュラスの顔を横目でちらりと確認する。その表情は口元だけかすかに緩んでいるが、どこか寂しさを感じさせるものだった。


「ボクがなにも言わないのは、ボクとスガさんの立場が逆だったとして――、きっとスガさんはあなたを責めないと思ったからです」


「お人好しにもほどがあります」


「いいえ、ボクはスガさんほど優しくありませんから。責めていないだけですよ? 彼を見つけた後につもりなんです」


「ラナンキュラス・ローゼンバーグ……、私にはあなたが理解できない。『魔法使い』を名乗るなら堂々と表舞台に立てばいいはず。ギルドに籍を置いているにもかかわらず、その動きは沈黙とすら言える」


「ボクの力を都合よく利用されたくないだけです。大切な人のためだけに、この力は使おうと決めたんです」


「大切な人――、ですか」


 アイラは自身に問い掛ける。果たして自分に「大切な人」などいるだろうか、と。


 答えは最初からわかっていた。彼女に大切な人はいない。王国軍の上官、ともに戦場を駆けた仲間、いずれも「大切」かと聞かれると「No」と答える。


 国に属する民を守るのも騎士の責務ゆえ。ならば、その騎士としての「誇り」が大切なモノか?


 これもおそらく「No」。


 アイラは人に興味がない。それは自分も含めて、だ。彼女が王国軍に属し、剣を振るうのはそれしかできない。「戦う」以外に生きる術を知らないのだ。


 そして、彼女が人の感情を読み取れるのは、人を「一個人」として見ていないから。誰であっても「他者」である以外、彼女にとって違いはない。ゆえに人に起こりえる感情の変化をフラットに捉えることができるのだ。


 ただ、そんなアイラが今は珍しく幾度も自問自答をしていた。それはラナンキュラスと言葉を交わすときに過る疑問。


『私のこの焦りは一体なに……? を見失ったことを悔いているから? 王国騎士としての誇り? いいえ、たとえ失態といえども、たった1人の男にこの私が執着するか……?』


「解せない……」


 アイラは特に脈絡もなく言葉を洩らす。ラナンキュラスはそんな彼女に疑問の表情を向けていた。


「どうされました?」


「……なんでもありません」

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