第101話 偽りの剣
私の視界に飛び込んできたのは「まもの」。ただ、その数は1匹ではない。正面に1匹――、その後ろに何匹いるのだろう? ただ、私にとって相手が3匹なのか4匹なのかはもはや関係ないかもしれない。
たとえ1匹相手でも戦えるかわからないのだから……。
壁を背にしていたのは幸か不幸か、敵に挟まれるリスクがない点ではよかった。――しかし、同時に退路もない。
嫌になるほど鼓動の音が大きく聞こえる。自然と呼吸も荒くなってきた。この状況を切り抜ける最良の選択を――、今の自分になにができるかを必死に考える。
極限の緊張が時の感覚を狂わせたのだろうか……、私は自分にある手札から次にとるべき行動を思い浮かべ、迷い――、そして選んだ。この間、まものは一切動かなかった。こちらが思っているほど時間は流れていなかったのかもしれない。
腰をおとし、前に突き出した短剣を胸の高さあたりで構えなおす。正面のまものに対して
――いつかの木剣を買って帰った日から、ランさんに剣術の指導を受けた記憶が頭を過ぎる。さらには、カレンさんに習いたての技術を披露したときのことも……。
ランさんは私のそれを褒めてくれた。カレンさんはたしか――、優しい顔をして軽く笑っていたような……。
これはほんの一時の時間稼ぎに過ぎない。次の一手を打つための間を手に入れるため。まものは知性のある生き物。ならば――、通用するかもしれない。
◆◆◆
「さすがスガさん! 僕の見込んだ通りで、のみ込みが早いですよ!」
ランギスはスガワラの構えを見て、小さく拍手をしていた。
「はははっ……、まさかこんな剣技を習うなんて予想外でした」
スガワラはかすかに苦笑いを浮かべている。しかし、木剣を構えた彼の姿はさながら一流の剣士のように――、見えなくもなかった。
「もちろん長い目で見て、力を身に付けていくのはとても大事です。ですが、スガさんにはまず見せかけを身に付けてほしいんです!」
ランギスがスガワラに教えているのは、
「ようはハッタリなわけですが……、襲い来る相手に対し、1秒でもいいので
まともに剣など握ったことのないスガワラ、さらに特別運動能力が優れているわけでもない彼が短期間で強くなるのは現実的ではない。それゆえランギスは彼を守るため、ほんのわずかな時間でも敵が躊躇する方法を伝授しようと考えた。
そして、中身はともかくとして「はりぼて」の構えだけなら案外スガワラはそれらしくできるのだ。彼のもつ要領の良さがここでも活きてきたのかもしれない。
後日、スガワラはその「ハッタリ」をカレンに披露することになる。内心、大笑いされるかと思っていた彼だが、カレンは表情を崩しつつもその構えに一定の評価を下していた。
「実力の伴わない構えなんてのはさ、一流の相手には当然通用しない。逆になにも考えず襲ってくるイカれたやつにも無意味だ。その中間――、半端な力を備えた相手にだけ効果を発揮する」
カレンは、スガワラの身に付けた技術について彼女なりの見解を話して聞かせる。これを聞いてスガワラは実際に使える場面は極めて限られていると考えた。
「けどね? 実際、その中間――、ようは半端モンが占める割合が一番多いんだよね。その点でいうと案外使えると思うよ? さっすがランさんだねぇ。目の付け所がいいよ」
◆◆◆
私はまもの相手に、中身を伴わない見せかけの構えをとる。相手が知性あるものなら、こちらの実力を見誤ってくれるかもしれない。敵の動きが止まれば次の一手を考える。
真の私の武器は頭の中にあるのだから。
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