第99話 黒
「黒の遺跡」にて、まもの討伐が繰り広げられている頃、魔法ギルド「知恵の結晶」をある人物が訪ねていた。
その人――、彼女の来訪をギルドマスターのラグナは手放しに歓迎している様子だ。
「まさかあの『ユピトール卿』がこうして我がギルドを訪ねて来られるとは――」
「くふくふくふ……、事前の連絡もなしにすみませんねえ。ラグナ様が多忙なことは重々承知しているのですが」
ラグナと面会しているのはルーナ・ユピトール。スピカの師であり、かつて「王国最強の魔法使い」と呼ばれた過去をもつ女性。
「あなたが当ギルドに籍を置いてくれるのならどれほど喜ばしいことか……、と思うのですが、そういった要件ではないのでしょうね?」
テーブルを挟んで向かい会う2人。一般の成人男性より背丈の高いルーナ、黒に覆われた「魔女」を連想させるその衣装も相まって彼女は異様な迫力をもっていた。
「ラグナ様はこの国きっての情報通とお聞きしております。ですので……、もしお教え願えるならお聞きしたいことがありましてねえ」
「なるほど……。私も逆にあなたほどの魔法使いがどのような情報を欲するのか大変興味があります。ですが――」
「くふくふ、『タダではない』と? ラグナ様は取引が大変お好きだとも聞き及んでおります」
「私は『ビジネス』と呼んでおりますがね。お察しの通りで、おいそれとお話できないこともあります。ですが、それも条件次第では……、といったところでしょうか?」
ルーナは長いまつ毛をした目を細め、ラグナの顔を真っ直ぐに見据える。一方のラグナは営業スマイルとでもいうのか、かすかに口角を上げ余裕のある微笑みを浮かべていた。
◇◇◇
日の暮れかかる頃、ルーナは「知恵の結晶」本部をあとにした。教会を想わせる3つの三角屋根が並んだ建物を背にゆっくりと歩いている。
彼女は先日、剣士ギルド「ブレイヴ・ピラー」にも足を運んでおり、ギルドマスターのシャネイラと直接話をしている。
他にも、高名な魔法使いだった頃の人脈を利用してさまざまな人の元を訪れていた。
彼女は愛弟子スピカが魔法学校を退学した理由について、独自に調べているのだ。ルーナの予想では、魔法学校の「暗部」、スピカはなにかしらの理由でそこに触れてしまったのではないか、と。
仮に彼女の予想が当たっていたら、スピカが魔法学校を退いたからといって安全とは言い切れない。ほとぼりが冷める頃を見計らって闇が牙を剥く可能性も否定できないのだ。
ルーナは、スピカが魔法学校に編入してから数日後、アトリアを連れて酒場「幸福の花」で話した時のことを思い出していた。
あの日の表情がすべてを物語っていた。スピカは魔法学校に夢と希望を見ていた。友人とこれから過ごす日々をとても楽しみにしていた。
それを奪った者がいるのなら――、ルーナは彼女自身の手で叩き潰す気でいるのだ。飄々として、いつも不敵な笑みを浮かべているルーナ。しかし、その内側には怒りが煮えたぎっているのだ。
そんな彼女は街を歩きながら、気取られない程度に背後の気配を時折気にするのだった。
『くふくふ……、ずいぶん目立つ動きしたからねえ。手を出してくるつもりならむしろ歓迎だよ? ああ、じれったいじれったい……』
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