第98話 「卿」を冠する者

「ローゼンバーグ卿にとってスピカ・コン・トレイルは家族に近い存在――、ですが、それ以上にスガワラ・ユタカは特別な存在のようです」


 遠目に見たラナンキュラスとスピカが交わす視線、そしてスガワラと自身に向けられた視線について、アイラはハインデルへ報告をしていた。


 ラナンキュラスがアイラへ向けた視線。


 初めて見る相手への純粋な興味――、とほんのわずかに混ざった疑問、嫉妬……。そして隣りのスガワラへ向けられた信頼とこれもかすかな疑念の情。


 アイラはすぐに悟った。この「スガワラ」という男はラナンキュラスにとって『特別』だと。


 想定よりずっと早くハインデルの命を完遂したアイラ。彼女がこれを伝えることでいかなる策が立てられるか――、それもおおよその検討がついていた。

 しかし、アイラに躊躇いはない。彼女が個人の感情に肩入れすることは決してないからだ。あくまで王国騎士の1人として――、与えられた使命をまっとうするのみ。それがアイラ・エスウスという人間なのだ。




◇◇◇




 ハインデルの考えた策は極めてシンプルなもの。いかに「ローゼンバーグ卿」の力を引き出すか。彼女にとって大切なが戦いの舞台にあればきっとその力を如何なく振るうことだろう。


 そのため、スガワラをアイラの隊へ引き入れることにした。彼が戦場の最前線に立てば、おのずとラナンキュラスはその魔力を振るうと思ったからだ。


 ――とはいえ、ハインデルも無闇に「力なき者」を危険へ晒すつもりはなかった。アイラの隊を選んだのも、彼女の戦力が「騎士」としてもっとも信頼に値するがゆえ。


 ただ――、だからこそ……、アイラの部隊に加わったスガワラが姿を消したのは意外だったようだ。

 結果として、ラナンキュラス自らがアイラの隊と同行し、まもの討伐の最前線に立ってくれている。しかし、この状況はハインデルが想定したものとは違っていた。

 万が一にもスガワラの身になにかあれば、まもの以上に危険な災厄が降りかかるかもしれないからだ。



「――ボールガード卿よ?」


「いかがされましたかな、ハインデル様?」


「先に言っておく。他意はなく、単なる興味で尋ねる。ローゼンバーグが噂通りの力を持っていると仮定して……、勝てるかと思うか?」


「ほっほっほ……、これはこれは。なかなかおもしろいことを尋ねなさるな。それもこんな戦いの渦中でとは」


 ボールガードは愉快と言わんばかりに笑いながら長く伸ばした顎髭を撫でている。しかし、急にぴたりとその手を止めると真剣な目をして言葉を返した。


「この目で直接見ておりませんからな……。あくまで伝え聞く話からの答えです。しかしながら、長らく第一線には立っておりませんが、王国魔導士団のおさを務める者として申し上げます」


「ふん、前置きがずいぶんと長いな」


「ほっほ。では、率直に――、ワシの魔力ではまず敵いますまい。同様にリンの力をもってしても、です。もっとも……、あの子は認めんじゃろうがの。老兵と言えども、王国所属にそれなりの誇りと自負はもっております。じゃが……、『ローゼンバーグ』はもはやワシらと同じ『魔法使い』と扱っていいかすら疑問ですじゃ」


「オレは王国軍の最強を疑わないつもりでいたが――、買い被り過ぎていたのか?」


「いいえいいえ。『戦力』という意味なら間違いなく最強でしょう。ただ、1人の魔法使い、で比較するならローゼンバーグは常軌を逸しています」


「ボールガード卿にそう言われると複雑な気分だ。それが今、味方であることを喜ぶべきか……」


「本当にローゼンバーグが噂通りなら……、正面からやりあえる魔法使いをワシは1人しか知りません」


「ほほぅ? 『誰もいない』と言うかと思ったが……、そんなやつに心当たりがあるのか?」


「かつての力を有しているかわかりませぬが……、もし対抗できうるなら『ルーナ・ユピトール』くらいでしょうなぁ」


「――それは残念だな。あれが王国に力を貸すなど、2度とないだろう」

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