第97話 命令

 総司令ハインデルの元には各所の戦況が逐一報告されていた。その中で彼は2つの情報に反応を示す。


 1つは、北と東からなる遺跡の通路が中で繋がっていたこと。これまで4つの入り口へ戦力を分散させていたが、中で合流できるのであれば比重の置き方を変えられるのだ。


 遺跡内の戦いは長期化しており、疲弊と負傷で停滞、または後退しているところもある。ハインデルは見張りを立てつつも、各部隊に休憩と交代の指示を飛ばしていた。


「やはり、短期決着とはいかんな……。負傷者の出たところは各自の判断で退くように伝えろ。いちいち指示を待っていたら死ぬぞ」


 ハインデルは伝令を聞きながら少しずつ、「黒の遺跡」の地図をつくり上げていた。分かれ道の数と行き止まりを把握し、予備隊と補給を各所へ送る算段だ。


「レギルの隊にも一度退くよう伝えろ。あれは命令せねば死ぬまで狩りを続ける。リンはうまく飼いならしているようだが、周りがついていけん」


「――アイラ様の隊はいかがいたしましょう?」


 伝令兵の言葉に珍しくハインデルは即答しなかった。顎のあたりを手で触り、なにか思考を巡らせている様子だ。そして彼は少しして口を開いた。


「特に命令はない。アイラの判断に任せる。――といっても、この状況で退くことはないだろうがな」



 ハインデルの頭には、前回失敗に終わった「黒の遺跡」のまもの殲滅作戦、そしてアルコンブリッジでの戦いの情報が入っていた。


 特に彼の目を引いたのは、アルコンブリッジそのものを破壊したとされるラナンキュラスの規格外の魔力。


 彼女の力はまもの殲滅最大の武器になると思えた。そして追い風が吹くように、表舞台に名を出さなかった彼女が新設ギルドの一員として名を連ねていたのだ。


 有事の際、王国からの出動命令に従うのはギルドの義務。新設のギルドといえども例外ではない。ラナンキュラスを黒の遺跡で戦わせるのは容易だと思われた。


 ところが、ギルドの活動状況を確認すると彼女はまるで表に出てきていなかった。王立セントラルを卒業後、長い間ずっと沈黙を続けていた伝説の魔法使い「ローゼンバーグ卿」。

 そんな彼女が数年の時を経て、ようやく「魔法使い」として名乗りを上げたかに見えたが実を伴っていないのだ。


 ハインデルは、アイラにラナンキュラスのいる酒場へ行くよう命令を下す。


 彼の目的はギルドの代表者スガワラと、彼女と同じ酒場に暮らしているとされるスピカという魔法使い見習い、この2人がラナンキュラスとどういう関係か調べること。


 ラナンキュラスがなぜギルドに籍を置きながら、魔法使いとして活動していないのかはわからない。それでもハインデルは彼女を動かす「なにか」が欲しかった。そして、誰かを動かすのに必要なのは周りを囲む人間の情報、だと彼は確信していた。


 アイラ・エスウスは人が向ける視線から感情を読み取ることに極めて長けている。ゆえにラナンキュラスがスガワラに、スピカにどういった視線を向けるかでおおよその関係性を掴めるのだ。


 アイラはハインデルの命令に決して口を挟まない。


 彼の下す命令が常に次に控える戦いの「最適解」に繋がっていると知っているから。

 それがたとえ、誰かにとっては悲劇をもたらすものになるとして、武人として「個」を殺しているアイラには関心がなかった。

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