第92話 売られた喧嘩

「――さっきのレギルという人、なんだか感じ悪かったですね?」


 パララは引き返すカレンの背を追いかけながら問いかけていた。仲間の魔法使いも同意して頷き、ちらりと来た道を振り返っている。


「強いやつとイイやつはイコールじゃないからさ。腕は確かなようだったけど、あんまり関わり合いたくないタイプだったねぇ」


「しかし――、カレン様の力を知っているこちらからすると悔しくもあります! 王国軍の剣士なんぞに劣っているなどありえませんが……」


 同行している剣士は、彼女が指揮するブレイヴ・ピラー2番隊に所属している。上官として尊敬し、武人として畏敬の念をもっているからこそレギルの発言に憤りを感じている様子だ。


「まぁ、どっちが上とかは置いといて、は相当やる男ではあったよ。それに――」


「「「それに?」」」


 仲間の3人は口を揃えて疑問を投げ掛ける。カレンの次の言葉を予測できなかったようだ。


「――一応、それなりの分別もあるようだったよ」




◇◇◇




「先ほどからずいぶんと機嫌が悪いですね?」


 リンはレギルへの回復を終え、伝令の戻りを待っていた。ただ、近くにいるレギルがどうにも落ち着きがなく気になっているようだ。


「あの女……、『金獅子』の目――、この俺を挑発してやがった」


 リンはかすかに首を捻り、少し前の2人のやりとりを思い出す。明らかに食って掛かったのはレギルの方であり、それをカレンは大人の対応で躱したように見えた。少なくとも当事者同士以外はこの認識で一致しているだろう。


「私にはあなたが挑発しているようにしか見えませんでしたが? 無益な争いのタネを撒き散らさないでもらいたいものです」


「金獅子の目は俺の右手を見ていた」


「――右手、ですか?」


 リンは小さく頷く。まものとの戦いでレギルは利き腕を負傷していたのだ。それをたった今、リンが回復を施したところだ。


「あの女はその目で『その右手で戦うつもりか?』って問い掛けてきやがった。向こうだって負傷してるってのによ」


「あなたがまず、自分の怪我の自覚があることに驚きましたが――、それなら挑発を流してくれたことにむしろ感謝すべきですね?」


「売られた喧嘩は買うって面だったな……。気に入らねぇ、カレン・リオンハート」


「向こうが挑発してきたのなら、あなたの方が退いたのでしょう?」


「――だまれ、リン。それ以上言うとただじゃおかねえ」


 リンの言葉はおそらく、今レギルがもっとも触れてほしくないところ。カレン以上にレギルは喧嘩を売られたら喜んで買うタイプだ。そんな彼がカレンをあっさり見過ごした。

 レギルの頭ではなく、体が無意識にカレンと戦うことを避けたようだ。彼はそれを理解しているため、そんな自分に対して苛立っているのだ。


『まったく――、この男はからなにも変わらない。いつまで経っても子どものまま』


 リンはとばっちりを避けるようにレギルから距離を置いて、そう思うのだった。

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