第91話 戦いの後

「――臭い、汚い。こんなところには1秒でも留まっていたくないのですが……」


 リンは誰に言うでもなく、ぶつくさと文句を口にしながらレギルに回復を施していた。


 突如、まものの大群に襲われたカレン率いるブレイヴ・ピラーの部隊とレギル率いる王国軍の部隊。彼らは互いに分担にして敵の掃討を成し遂げていた。

 彼らの戦った広間は今、切り刻まれた、焼け焦げた……、さまざまなまものの死体がそこら中に転がっている。


 戦士たちは一様に黒い血に汚れ、死体からは生臭かったり焦げ臭かったりとそれぞれ毛色の違った異臭が放たれている。



 今回のまもの討伐は、いずれの隊も1人は回復魔法の扱える者を組み入れている。


 カレンの隊はパララとは別に同行している魔法使いがその役にあたり、「幸福の花」ではランギスがその役割を担っている。アイラの隊にも王国魔導士団から回復専任の魔法使いが派遣されていた。そしてレギルの隊で回復を担うのはこのリンだった。


 彼女は雷属性の標準魔法を得意としながら、回復系統も併用できる珍しい魔法使いなのだ。



 レギルの奮闘とリンの的確な援護によって、王国の部隊の被害は極めて少ない。ただ、レギルは痛みや怪我を顧みず戦うために本人がダメージの程度を理解できていないところもあった。


 実際、彼のダメージは本人が自覚している以上のものであり、もし戦いが今も継続していたなら、自らを「最強」と自負するレギルであっても危険だったかもしれない。


 ただ、彼の人間離れした戦闘能力があるからこそ「隊」としての被害をレギルがその身ですべて引き受けてくれているのだ。



 一方のカレンたちも戦いを終え、治療と回復を受けている。後方に控えていたパララたち魔法使いに被害はなかった。それはカレンがほとんどのまものを前で食い止めたがゆえ。


 しかし、彼女とその補佐にまわっていた剣士は無傷とはいかなかった。致命傷こそ避けたが数度――、まものが繰り出す殴打を受けている。今回は武器を手に襲ってくる者がいなかったのが幸いだった。


「痛たたた……、デカいやつの一撃もらっちまったのは失敗だったねぇ。そっちは大丈夫かい?」


「申し訳ありません。補佐をするつもりが逆に助けられてしまうとは……」


 カレンが受けた最大の傷は咄嗟に仲間の剣士を庇ったがゆえ。防御が十分ではなかったため、鍛えられた彼女の肉体でもそれなりのダメージを負ってしまったようだ。


「カレン、グロイツェル様に連絡をとりましょう。一旦退いて回復に専念すべきだと思います。私も魔力をかなり消費していしまいました……」


 パララの提案。彼女は負傷こそしていないが、立て続けに何度も呪文を放っている。その消耗は相当なものなのだろう。

 ただ、彼女がこう口にした真意は自分よりも、回復魔法を使う仲間の魔力消費や傷を負った剣士を気遣ってのことだったのかもしれない。


 カレンは彼女の意思を汲み取ってか、パララを含めた自分以外の3人の様子を見てからゆっくりと頷く。



「我々は伝令の返事があるまでここで待機するつもりですが、そちらは退いてもらっても構いません。元々、あなた方と出会ったこと自体が想定外でしたから」


 カレンたちの会話が聞こえたのか、リンは問われる前にそう口にした。


「それじゃ――、悪いけど私らは一旦引き返すとするかねぇ。交代の部隊を送れそうならすぐにでもここに向かわせるからさ」


 仲間の身を預かっている以上、カレンも決して無理をするつもりはないようだ。後退することも決して厭わない。


 ただ――、そんな彼女の姿を見てレギルが口を開いた。


「おいおいおいおい、なんだなんだ? 噂の『金獅子』様はこの程度でへばって引き返しちまうのかよ? 期待外れもいいとこだぜ?」


 彼の言葉を聞いて、背を向けていたカレンが振り返る。リンから回復魔法を受けているレギルの顔をじっと見つめている。そこにはわずかながら敵意が感じられた。


 リンとパララが慌てて2人の間に割って入ろうとするが――、そうする前にカレンは突然、表情を崩して先ほどの危ない気配を消し去ってしまう。


「ははっ……、好きに言ってなよ。『強さ』への拘りは無くはないけどねぇ、私にとっちゃ仲間の身に替えられるほどのものじゃないんでね?」


 カレンはそう言うと、レギルから視線を外して仲間を引き連れ元来た道を戻っていった。

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