第90話 備え

 ケイは全力で来た道を戻り、遺跡内に設営された中継地点を目指していた。遺跡は奥に進むにつれ、道が下に下に伸びていっている。ゆえに逆走はすべて上りとなり、彼は息を切らしていた。


「はぁ、はぁ……、ようやく灯りが見えてきたな」


 王国軍がつくった拠点に辿り着いたケイ。辺りに声をかけられる人間がいないかを探す。そこで彼は意外な人物の姿を見つけるのだった。


『――あれ? あのお姉ちゃん……、たしかうちのマスターを連れてった人だよな?』


 彼が捉えたのはアイラ・エスウスの姿。そして彼女が率いていた部隊の面々も顔を連ねている。スガワラを除いて……。


『たしかあの人、ここの指揮官って言ってたよな。なら、ちょうどいいか』


 ケイは小走りにアイラたちの部隊の元へ駆け寄る。それに気付いた剣士が一瞬、警戒するがアイラがそれを制した。


「あっー……と、ご、ご報告よろしいでしょうか、指揮官さま……、殿?」


「――たしか、スガワラさんのギルドの方でしたね? 普通に話しなさい。どうしました?」


 ケイは2度ほど咳払いをして、自分たちの隊に起こった状況を説明する。


 まものの気配を複数察知したこと。自分が引き返して応援を呼び、残りの仲間は戦いに向かったと。彼はあえてスピカが単身突っ込んでしまったことには触れなかった。


「ローゼンバーグ卿有する部隊に応援が果たして必要なのか、一考の余地はありますが――、わけあって私たちも引き返して来たところです。そちらの応援に向かいましょう」


 アイラの発言にケイは一瞬、理解が追い付かなかった。


「あっーと? 指揮官殿の部隊が直接来てくれるんです?」


「今はその方が都合がいいのです。ちょうど、あなたたちに伝えないといけないこともありますから」


 アイラはそれだけ言うと、ケイの隣りを通り過ぎてそのまま彼が引き返した道へと入っていく。彼女が率いる隊の仲間もそれに続いていった。


『あれ? そういえばうちのマスターはどこにいったんだ? たしかここの隊に引き入れられたんだったよな?』




◇◇◇




 遺跡内の各所で戦いが繰り広げらている頃、外でも異変が起ころうとしていた。急報を知らせるべく、王国軍の兵士がハインデルの控える本営へと駆け込んでくる。


「ご報告致します! 遺跡の北側にてまものが複数確認されました! 周囲を見張っていた部隊が交戦中です!」


 ハインデルの傍らに控えていたボールガードがちらりと彼の横顔を確認する。その表情はまるで変化を見せない。周辺の警備に兵を割いていた彼の策がここにきて活きてきたのだ。


「北の入り口はたしか――、ブレイヴ・ピラーを中心とする隊が侵入していたな……。やつらにはの掃討に集中させろ。外からの敵は王国軍でなんとしても食い止める。そのために温存してきたのだ」


 ハインデルは各方面の警戒をより強めるよう命ずるとともに、遺跡外での戦況に変化があれば逐一報告を入れるよう指示を出した。


「ボールガード卿、念のためそちらの魔導士団も動けるようにしておいてくれ。命令はオレが直接下す」


 この言葉を聞き、ボールガードはわずかに驚いた表情を見せた。彼はどうやら、この戦いが終わるまでずっとハインデルの傍におかれるものと思っていたようだ。


「ほっほ……、ワシがここを離れては誰がハインデル様をお守りするというのか?」


「誰がオレを守るようになど命令した? ここにいてもらっているのは、オレにとってのへの備えだからだ」


「――ほう? 知将ハインデル様でも想定できない事態が起こり得ると?」


「オレをバカにしているのか? あらゆることを想定はしている。だが、オレの想定が起こりうるすべてだと自惚れてもいない。それゆえのが必要なのだ」

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