第88話 正面

 遺跡の奥で偶然合流したカレン率いる部隊とレギル率いる部隊。彼らはそれぞれでまものへの警戒に務めていた。


 カレンは両膝を立て、やや足を開いて地面に座っている。お世辞にも「お淑やか」とは言えない姿勢でいた。しかし、おもむろに立ち上がると未踏破の通路をじっと見つめる。


 彼女に続いてレギルも立ち上がり同じ方向へと視線を送っていた。


「ひゃは、さすがは金獅子様。気配に気付いたみたいだな?」


「ふん、そっちこそ大した勘をしてるじゃないか」


 やがて周りにいた仲間たちも武器を手にして立ち上がる。


「通路の向こうからなにか来ます。まものの姿が視認できたら――、まず私が仕掛けますね」


 パララの顔付にいつものあどけなさはなく、きりりと引き締まった表情でそう告げる。身長に不釣り合いの杖を構え、呪文の詠唱を開始した。

 彼女は自身の属する隊はもちろんのこと、合流した王国軍含めてその意思を伝えたのだ。


「――トゥインクルのパララ・サルーンですか、わかりました。お手並み拝見といきましょう」


 リンもパララ同様に杖を構えるが、どうやら初弾は彼女に譲るつもりでいるらしい。「トゥインクル」自体はそれほど有名なギルドと言えないが、「パララ・サルーン」の名は魔法使いの巷で知れ渡っていた。


 それは魔法闘技場で見せたアレンビーとの激戦に端を発し、そこから先は地道なギルドでの実績の積み重ねによるもの。



「しっかし――、なにか妙な感じがしないかい? 奥へと続く道はだけだってのに、薄気味悪い気配が余所にもあるような……」

「ああ、別のどっかからもビリビリ感じやがる。だが、俺らが来た道からじゃねぇな……」


 カレンとレギルは互いに、周囲の気配に対する違和感を口にした。どうやらその感覚はリンも共有しているようで、なにもない岩壁に見落としがないかとじっくり見つめている。



「ブレイズっ!!」



 パララは奥の通路からまものが姿を現した瞬間、炎の一閃を繰り出した。うまくいけば複数のまものを広間の入り口で一網打尽にできる。


 彼女の放った閃光がまものを貫いたとき――、その音に紛れて、ここにいる誰もが予想していない事態が起こった。

 まもののが現れた方向とは真逆――、単なる岩壁だったところが突如、崩れ落ち、そこに新たな「道」が姿を見せたのだ。さらに、そこから何匹ものまものが湧き出てきている。


「後ろかっ!?」


 カレンが岩壁の崩れる音に反応して振り向いたとき、リンは彼女を制するように左手を大きく広げて見せた。


「――後ろは私たちにお任せを。ですので、正面はお願いします」


 リンの言葉がカレンの耳に届いたとき、レギルはすでにまものの群れへと突進していた。まだ距離はあるというのに、魔法の援護も待たずに単身斬り込んでいったのだ。


 カレンはレギルの背を一瞥して、正面に向き直る。リンの言う通り、後ろから現れたまものは任せるつもりのようだ。


『あの男、敵の群れにひとりで突っ込んでいくなんて――、正気かい?』

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