第87話 預かる身
短く乾いた音が遺跡の広間にこだました。
ラナンキュラスの平手がスピカの頬を打った音。
「スピカ・コン・トレイル……、あなたの行動ひとつで隊のみんなを危険に巻き込むこともあります。だから、今の独断は見過ごせません」
スピカの視線に合わせて、ほんの少しだけ屈みラナンキュラスは彼女の目を真っ直ぐに見つめる。スピカはかすかに赤くなった頬を触るでもなく、涙ぐんだ顔をして彼女の真っ黒な瞳を見つめていた。
「ごめんなさい……。あたしは――、周りが見えなくなっていました。ホントにごめんなさい」
スピカはまるで悪戯を咎められた子どものようにぽつりぽつりと声に出して謝っていた。そんな彼女をラナンキュラスは優しく――、包み込むように抱きしめる。
「でも――、無事でよかった。さっきはスガさんの代わりに隊を預かる身として叱りました。そして今は……、あなたの身を預かる者として心から安堵しています、コンちゃん」
ラナンキュラスは幸福の花の部隊を預かるとともに、ルーナ・ユピトールからスピカの身を預かっているつもりでもいるのだ。ゆえに――、家族の無事を確認するように彼女の身体を抱きしめた。
「――結局、ラナ様が片付けてしまったじゃない? コーグはなにやってるのよ?」
アレンビーは遅れてきたコーグに呆れた眼差しを向ける。
「いや、それはだな! ラナンキュラス殿もアビーも早過ぎるんだって! オレも全力で走ってきたんだがなぁ……」
「僕ももうちょっとスリムなら少しは速く走れたと思うんですが――、いやはや申し訳ない」
ランギスも眉を八の字にして頭を下げる。しかし、アレンビーはランギスにだけは頭を上げるよう伝えるのだった。
「いいえ、アイテムのほとんどを持ってもらってるわけですし……、そもそも前で戦うのは今回、ランさんの役割ではありませんから」
「わかってるわかってる。オレとケイがこの隊の前衛だからな。魔法使いの――、ましてや女性陣に前を任せることないよう気を付けるよ」
コーグはそう言いながら、真っ黒な焦げ跡だけが残された一点を見つめていた。
『どんな魔法を放ったらこうなるんだ……? 跡形すらまともに残ってないじゃないか……』
「さてさて……、ラナさんのおかげでここのまものは一掃できたようですが、やはり一旦引き返しますか。ケイが応援を呼びに行ってくれてますからね、彼と合流しないと――」
ランギスは広間を注意深く見まわしながら、改めてラナンキュラスに提案する。
「ええ。コンちゃん、一旦戻りましょう?」
「……わかりました、ラナさん」
今度は提案を素直に聞き入れるスピカ。彼女の返事を聞いて、アレンビーはひとつ息を吐き出し、頬を緩めるのだった。
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