第85話 好戦的?

「――この先、気配がいくつも混在しています! きっと何匹もいますよ!」


 スピカの元気な声が遺跡の狭い通路を反響していく。ただ、彼女の雰囲気とは不釣り合いにその内容は緊迫したものだった。


「うーむ……、事前に察知できたのは収穫ですね! お手柄ですよ、コンちゃん!」


 ランギスはスピカの頭を優しくポンポンと叩いた。ただ、彼は緩めた表情をすぐに引き締めて後ろのラナンキュラスに問い掛ける。


「無理して危険なところへ飛び込む必要はありません。まものが複数いるとわかった以上、一度引き返して応援を呼んだ方がいいかもしれませんね?」


 彼の意見にラナンキュラスは小さく頷いて同意する。


「――そうですね……。まものの掃討が任務とはいえ、なるべく危険は避けたいです。ここは後ろを警戒しつつ一度戻りましょうか」


「自分も賛成です。新設早々のギルドがバリバリやらなくていいんですって」


「私もラナ様に従います。けど……、ケイって思ってたよりずっと控えめなのね? 名の通った戦士なんだからもっと好戦的なんだと思ってた」


 アレンビーは特に他意はなく、思ったことをそのまま口にしたようだ。


「たはは……、それはその、慎重なだけさ。それにここだと狭くてハルバードはうまく振るえないし、剣はしっくりこなくてさ」


「敵が多かろうともこのコーグは一歩も引くつもりはありませんが……、ラナ様がそう仰るなら素直に従いましょう!」


 コーグは勇ましい前置きをしているが、その実、表情には明らかに安堵の色が見てとれた。複数のまもの相手とあっては彼も戦いを避けたいところなのだろう。



 皆の意見はすぐに纏まり、一行は引き返そうとした。しかし、スピカだけは通路の奥を見つめながら動こうとしない。


「スピカ、どうしたの? さっさと引き返すわよ?」


 アレンビーは振り返らないスピカの肩に手を置いて軽く引き寄せる。しかし、彼女は向きを変えずそこから動こうとしない。


「あたしは――、まものが目の前にいるのに逃げたくありません!」


「どうしたのよ、スピカ? 危険を避けるのは当たり前でしょ! それに逃げるわけじゃない。応援を呼んでく――」


 アレンビーが最後まで言い終える前に、スピカの肩に置いた手がするりと抜けた。なんとスピカは単身で遺跡の奥へと駆けて行ったのだ。


「「コンちゃんっ!?」」


 ラナンキュラスとランギスが同時に叫んだ。しかし、ふたりの声がまるで届いていないか、スピカは振り返らず、暗闇の奥へと駆け抜けていく。


「ちょっ――、一体なんなのよ!? あの子、どうしちゃったの!?」


 スピカの行動が理解できないアレンビーは混乱していた。しかし、次の瞬間には冷静さを取り戻す。それはスピカを追ったラナンキュラスとランギスの背中が視界に入ったゆえ。


「コーグ、あなたは前衛でしょ! さっさとラナ様に追い付いて! それからケイ!あなたはそのまま来た道を戻って、応援を呼んで来て! 私もスピカを追うから任せたわよ!」


 アレンビーは一方的にそれだけ言うとコーグの肩を思い切り引っ張った。突然の事態にわずかに反応が遅れたコーグだが、すぐに我に返って全力で走り出す。



「――ケイ! そっちは任せたわよ!」



 暗闇に消えかかったところでもう一度、アレンビーの声が響いてくる。ケイはその場に1人、取り残されていた。


「ひっ…引き返せばいいんだな。応援か、応援だな。よし、任せろ……、任せろ!」


 ケイは自分を鼓舞するようにそう言うと、仲間たちから背を抜けて走り出した。

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