第84話 消失

「……文句のひとつも言わないのですね? 逆に驚きました」


 周りに誰もいないからなのか、彼女はぽつりとそう言った。


「えっ? 文句ですか?」


「ええ。こちらの都合で急遽別の隊へ引っ張られ、慣れ親しんだ仲間とも別行動。文句の一つや二つあってもおかしくありません」


「ははっ、文句を言って戻してもらえるならそうしますが、それはできない相談でしょう?」


「潔いといいますか、諦めが良いといいますか――、そんなところですか?」


「いいえ、短い時間ですが考えたゆえの結論です。おそらく――、私がこの隊に加えられたこと自体に意味があると思いましたから。それなら抵抗したところでその方針は変えられないと判断しました」


 私の言葉にアイラさんは――、わずかだが驚いた表情を見せた。これまでほとんど表情を変えなかった彼女がかすかに見せたほんの少しの変化。


「……驚きました。そこまで理解したうえで黙ってついて来ていたのですか?」


「多少の理由付けはされていましたが――、どう考えても先陣を切る部隊に引き抜かれる人材ではありませんからね、私は」


 そう――、いくら「幸福の花」の戦力や、私の非戦闘員としての役割を踏まえたとしても名指しされるのは明らかに不自然なのだ。

 ゆえにそこには明らかな意思と意図を感じる。ただ、それがなんなのかまではわからない。そして――。


「それに――、私をここに加えるよう命令した人は別にいるのでしょう? アイラさんは命令にこそ従っていますが、その目的自体は知らされていない。ですから、仲間の皆さんをずっと私の護衛へ付けてくれている」


 この人は「王国軍は民を守る義務がある」と言った。


 おそらくここは今回の作戦でもっとも危険に遭遇する確率が高い部隊だ。そこへまともに戦えない人間を連れて行くのは不本意なのだろう。


 ただ、軍に属する者なら上からの命令に逆らうことはできないはず。これは「組織」ならば仕方がない。ゆえに――、彼女は従ったうえで「守る」選択をしてくれたのだ。


 私がアイラさんに対して好意的に考えすぎなのかもしれない。


 しかし、隊に引き入れたわりには私に対する命令が不明瞭――、というよりほとんど命令らしい命令がない。それでいて、まるで大事なものを守るかのように仲間への護衛の命だけは徹底している。


 こうした言動と状況から私は、アイラさんが命令に従って動きながらもその詳細を知らされていないのでは――、と思ったのだ。


「――あなたの問いに答える義務はありません。最初に申し上げた通り、なにも期待はしておりません。ただ、『0ゼロ』であってくれればいいのです」


 彼女はそれだけ言って視線を逸らし、私から離れていった。


 仮に私の予想が当たっていたなら――、アイラさんすら知らされていない私がここにいる意味がもっとも気になる。

 なぜならそれは、詳細を知ったなら彼女が断る可能性を想定して知らせていないのでは――、と思うからだ。つまり、公言できる目的ではないのかもしれない。



 私はあれこれ考え事をしながら広間を壁伝いに歩いていた。アイラさんはここの指揮官だ。彼女に命令できる立場となれば王国軍でも相当上の立場にあるはず。


 広間のあちこちから王国軍の仲間の声が聞こえてくる。揃って内容は「異常なし」だ。私も壁や地面を注視しながら歩いているが特に気になるところはない。探検ものの映画や漫画のように壁を押したら隠し扉が――、なんてことをわずかに期待して岩壁を押したりもしてみたが、残念ながら反応はなかった。


 「こちらも異常なし」――、振り返ってそう言おうと壁に手を付いたそのときだった。


 後ろ手に壁に触れていたのその手応えがなくなった。視界が天井へ向かい、やがて暗転して……。




◆◆◆




「――スガワラさん、そちらはなにかありませんか?」


 アイラは、スガワラの方向に背を向け、壁や地面に魔鉱石の灯りをあてながら念入りに調べていた。

 彼女は自分の声が小さかったのかと、軽いため息をつき、先ほどより少し大きな声で同じ問い掛けをする。


 しかし、一向に彼からの言葉が返ってくる気配はない。虚しく自身の声が反響して返ってくるだけだった。


「返事くらいしてもらえませんか、スガワ――……?」


 彼女が振り返り、スガワラがいるはずの方向を見たとき、そこは彼が先ほどまで場所へと変わっていた。まるでともしびが吹き消されたかのように――、彼の姿はそこから消え失せていたのだ。

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