第82話 敵意

 コーグとケイを先頭にして暗い通路を進み、広く開けた空間に出たラナンキュラスたち「幸福の花」一行。コーグは経験上、こうした場所ではまものとの遭遇が多いと理解していた。


 後ろに控える魔法使いたちに背中を預け、彼は腰に下げていた短剣を抜く。刃の先を進行方向に向けてゆっくりと周囲を様子を探っていた。



「――うおっ!? やっぱりいやがった!」



 暗がりから突如、コーグと同じくらいの大きさをした黒い塊が飛び掛かって来たのだ。


 間一髪、後ろへ跳んでそれを躱したコーグ。黒い人型の怪物の目と思しき白く光る空洞が彼へと向けられる。


「ケイ! 敵は1匹だ! オレが引き付けるから後ろから――」


 彼はそこまで行って言葉を止める。それは目の前に想定外のことが起こったから。ただ、結果的にはケイへの指示を必要としない事態だった。


 コーグへ襲い掛かろうとしていたであろうまものは突然、膝を付き、両の手も地面に付いて四つん這いになったのだ。

 その姿はまるで見えない巨大な手がまものを上から圧し潰そうとしているかのよう。



「――2人とも、離れなさい!」



 次の瞬間、声の先から赤い閃光が放たれる。それは動きを封じられたまものを容赦なく焼き払い、耳をつんざく断末魔を残しては絶命した。


 とどめを刺したのはアレンビー。一瞬の間に炎の中級魔法「ブレイズ」を放ったのだ。そして、まものの動きを封じたのは――。


「スピカ、助かったわ。けど、まさかあなたがそんなに早く仕掛けるなんて思ってなかった……」


 コーグが魔法に巻き込まれないであろう距離をとった瞬間、後ろから攻めようとしたケイよりも、アレンビーの援護よりも――、先に動いたのはスピカ。彼女のまものへの攻撃性がそのまま現れたかのような素早い攻撃だった。


「いつまものが出てきてもいいように準備してましたから! 任せてください!」


「……コンちゃん、魔力の配分には注意して。今の一撃、それなりに消耗したでしょう?」


 ラナンキュラスは優しく微笑みかけるようにしてスピカに問い掛ける。


「今のくらいならまだまだいけますよ!」


「うん。きっと先はまだ長いから無理はしないようにね?」


「――はい! わかりました、ラナさん!」


 スピカのいつもと変わらない笑顔と明るい声に自然と仲間たちの表情も綻ぶ。ただ、ラナンキュラスだけは彼女から視線を外したあと、心配そうな顔を浮かべるのだった。




◇◇◇




 カレンとパララ一行と王国のレギルとリンの一行は、ともに小休憩をとっていた。広めの空間に3つの通路があるのだが、その内2つはそれぞれカレンたちとレギルたちがここへ至った道。すなわち、敵の出現を警戒すべき道は1つに絞られている。


「金獅子カレン様よ。どうして今回、おたくのマスターはいないんだ?」


「うちの2番手、グロイツェルが指揮を執ってるからねぇ……。わざわざ出るまでもないって踏んだんじゃないかい?」


 レギルはカレンに、彼女の所属する組織のマスター、シャネイラについて尋ねていた。


「前回のの殲滅んときは、『3傑』揃って名を連ねていたらしいじゃねぇか?」


「王国が戦力を出し渋るからだろう? そっちがしっかり数を動員してくれりゃ、うちのトップは顔出さないよ」


「『王国最強』がどれほどのものかこの目で見たかったんだがなぁ……。俺様やアイラ以上って話だろう?」


「さぁてね……、『最強』なんて周りが勝手に騒いでるだけだからねぇ」


「俺様は自分の最強を疑わないがな。好き勝手生きるためには誰よりも強くなくちゃいけねぇ」



「――すみません、カレン・リオンハート様。レギルの頭は子どもなので相手にしなくてもよろしいですよ?」



 彼らの話にリンは少し距離を置いたところから声だけで割って入ってきた。彼女の言葉にレギルは露骨に不快感を見せる。


「理由はなんであれ、強くあろうって志はもっていいんじゃないかい? ただし――、無意味な力比べは御免蒙ごめんこうむるけどね」


 カレンはほんの一瞬だけ――、レギルに鋭い視線を向けた。今の一言で一応の釘を刺したのだ。彼から時折感じる敵意――、否、好奇に対して。

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