第79話 影の指揮官

「スガさんがいないため臨時の隊長はラナさんにお願いしていいですか?」


 ランギスはラナンキュラスににこやかな表情を向けてそう言った。彼は小隊での指揮には長けているが、あくまで「補佐」に徹するつもりで、「長」を引き受けるつもりはないらしい。


「ラナンキュラス殿の身はこのコーグが命に代えても守る! 隊長が貴女なら俄然、力がみなぎってくるというもの!」


「ランさんに異論はありません。スガさんとラナ様のギルドですから。私は陰から全力でサポ―トさせてもらいます」


 仲間たちに推され、最初は困った顔をしていたラナンキュラスだが、最後は口元をきゅっとしめて小さく頷く。


「では――、今はあくまで、スガさんの代役として務めさせてもらいますね」



 遺跡南側の入り口で大きな動きがあった。先陣を切ったアイラの隊から伝令が入り、応援が必要になったのだ。どうやら遺跡の奥では道が複雑に別れているようで、各通路の調査と分岐点の拠点化を進めなければならなくなった。


 人数の多い王国の部隊が中心となって拠点の設営と補給線の維持・確保に務める。分かれ道の調査には各ギルドの小隊が割り当てられ、ラナンキュラスが率いることになった「幸福の花」にもその役割が回ってきたのだ。


「いよいよ突入ですね! まものがいたらあたしがやっつけてやります!」


 ラナンキュラスはスピカのいつも通りの明るさに頬を緩めながらも、王国の剣士アイラが残していった台詞が少し気になっていた。スピカの目の奥には「殺意」に似た意志が宿っていると……。


 たしかにスピカは雰囲気こそいつも通りだが、その言葉の1つひとつに明確なまものへの敵意を見せている。彼女の無邪気さゆえ逆にそれが不気味にも感じられた。



「さっ、コーグが前を行って灯りはケイが持ってくれるんでしたね! 僕はスガさんに変わって荷物を担ぎながらフォローをさせてもらいます! では、参りましょうか!」


 ランギスは元々の人柄もあるのだろうが、危険な任務ゆえに隊の空気が暗くならないよういつも以上に明るく大きな声を出している。


 こうして先頭のアイラたちから1時間程度遅れて、ラナンキュラスたち「幸福の花」も黒の遺跡へと足を踏み入れた。




◇◇◇




「ハインデル公のいる本営には、ボールガード卿率いる魔導士団が控えております。彼らはおそらく護衛部隊で中へ入ることはないものかと――」


「過去にもっとも多くまものが確認されている南側の先陣はアイラ・エスウスの隊、東側はレギル・オーガスタの隊、西側は『サーペント』が隊の中心を成している様子です。名のある戦士は見当たりませんでしたが」


 遺跡の北側入り口付近に陣取る「ブレイヴ・ピラー」。後方指揮を任されたリンカの元に軽装の男たちが報告を入れていた。


「はいはーい、ありがとねー。いや、さっすがミラージュ率いる3番隊の人だこと。情報収集が早いのなんのって」


 彼女に情報を届けているのは、ブレイヴ・ピラーの隠密部隊の者たち。隊長のミラージュこそ不在だが、数名の隊員をここに派遣しているようだ。


「ハインデル公の懐刀は、魔導士団の『生きる伝説』様ですかー。ずいぶん贅沢だことで。まっ、の場合、まものに殺されるより身内に殺される可能性のが高そうだもんねー。仕方ないか」


 リンカの同意を求めるような表情に隠密部隊の男たちは困惑していた。


「あぁ、ごめんごめん。こんなこと大声で言ってたら私の方がヤバいって? 頷いたらあんたらも危ないもんねー。そんでそんで……、他に掴んだことは?」


 隠密部隊の1人は「些細なことかもしれませんが――」と前置きをして、リンカに1つ情報を伝える。その内容は、アイラ率いる王国の部隊に1名欠員が出て、その補充人員にスガワラが充てられた、というものだった。


 これを聞いたリンカは、艶かしい動きで頬に人差し指を当てゆっくりと首を捻り考え事をする。そして――、なにか思い当たったのか、急に目を見開くとひとり納得したように頷いて声を洩らした。


「グロイツェル様のお兄さんだっけ、ハインデル公……。あの人、そのうちホントに身内に殺されるんじゃない? やり方が腐ってるわ」

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