第77話 虚勢

 日本にいた頃、こんな話を聞いたことがある。


 アメリカの軍人はとても不味いチョコレートを携帯食として持ち歩いているという。コンバットレーションの1種だ。もちろん疲労回復や補給の意味合いで持っているわけだが、味の理由は常食しないようにするためだとか……。


 異世界で似たものをつくれば売れるのではないかと私は考えた。そして、ラナさんに相談し、「不味いビスケット」をつくり上げたのだ。


 もちろん「不味い」と言っても食べれないほどのものではない。空腹に関わらず、手が伸びてしまいそうな味を避けただけだ。

 そして今回、アイラさんや王国軍の人に配ったのは。ビスケットの味はお世辞にもおいしくはないが、悪意を感じるほどの不味さでもないはず。


 ただ――、アイラさんは思った以上に不快感を露わにしている。私は慌ててこの味の意味を説明するのだった。


 同じ隊の人たちは、携帯食を得てして「おいしくないもの」と理解しているようで、これの味にもさほど不満はないようだ。むしろ、思った以上に腹が膨れて満足しているようでもある。


「すみません。もし、味に期待させてしまっていたのでしたら――、お口直しにこんなものもありますが――」


 私はリュックのサイドポケットから小さな包みを取り出す。中にあるのは、「星のトリート」――、アレクシアで大人気の星型の甘いお菓子だ。

 ラナさんは外へ出るとき、いつもこれを少量持ち歩いている。糖分は疲労回復の効果もあることから少しわけてもらっていたのだ。



「わぁ、じゃないですか!」



 魔導士の女性が目を輝かせてそう言った。しかし、次の瞬間、アイラさんの冷たい視線が彼女に向かいしゅんとしてしまう。


「スガワラさん……、あなたと話していると調子が狂います」


 アイラさんはそれだけ言うと、星のトリートは受け取らずに前を向いて歩き始めた。


「それに――、虚勢を張る必要もありませんよ? 目を見ればわかります。根底にある『恐怖』は隠せませんから」


 この言葉には言い返せなかった。彼女の言う通り、での振る舞いは多少、無理をして明るく振るまっている。周りの人たちをどの程度信用していいかわからず、私自身はほとんど戦えないのだから。


「私たちは王国の軍人です。民を守る義務があり、それはギルド所属の者も例外ではありません。ここにいる者に至っては……、まものとの交戦時にはあなたを最優先で守るよう指示を出しています」


 私は思わず横を歩く隊の人たちの顔を見た。皆が一様に無言で頷いている。


「広い場所に出る際は通路で控えていてください。前から来るまものはすべて私が斬ります。万が一にも、私がやられることがあったなら諦めなさい。それは不運を呪うしかありません」


 彼女が私をこの隊に引き入れた意図はわからない。ただ、アイラさんはアイラさんなりに責任を背負っているのだと感じた。そして――、彼女自身が語ったように「口下手」なのだろう。


 ただ、ひょっとすると感情表現が苦手なだけで優しい人なのかもしれない。私は彼女の言葉を聞きながら心の片隅でそう思うようになっていた。


 そのとき、アイラさんは急にピタリと足を止めた。そして前を向いたまま、こちらに掌を開いて見せる。無言で静止を促しているのだ。


「この先――、。あなたたちは全員ここで待機を。念のため、後ろの警戒も怠らないでください」


 これまでと変わらない口調でそれだけ言うと、彼女はひとり、そのまま前へと突き進んでいった。




 

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