第76話 美味しくない

「ブレイズ!」


 暗い遺跡の奥を赤い光が照らす。パララが放った炎の一閃は数匹のまものを焼き払っていた。


「さっすがパララちゃん、頼りになるねぇ。おかげで私も楽できそうだよ」


 カレンは部下の剣士に灯りを持たせて通路の奥へと進んでいく。その後ろをパララともう1人の魔法使いが続いた。


 カレン率いる北側の入り口を進む部隊は今のが初のまものとの交戦。――とはいえ、その数は少なく、射程まで引き付けた相手をパララの魔法がまとめて薙ぎ払っていた。


 ここに至るまでいくつかの分かれ道があり、いつもはカレンと行動を共にする副官のサージェは別の道を先導して進んでいるようだ。


「カレン様、ここから先は未開拓の区域に入ります。注意して進みましょう」


 王国軍から配布された遺跡の地図を灯りで照らし、部下の剣士はそう言った。


「了解了解っと。しっかし、暗いし湿っぽいし気が滅入るねぇ。早くもお日様が恋しくなってきたよ」




◆◆◆




「……これは――、ビスケットですか?」


 アイラさんは私が手渡した携帯食のビスケットをまじまじと見つめている。


「はい。ここまで一度も休まず来てますから、なにか口に入れた方がいいと思いまして――。これなら歩きながら食べられます」


「一応いただいておきますが……、今は遠慮しておきます」

「いいえ、食べてください」


「なぜ……?」


 ほんのわずかにだが……、暗がりの中、アイラさんは私に苛立ったような眼差しを向けてきた。

 だが、私は怯まずに言い返す。


「アイラさんは隊長、すなわちここではもっともの立場にあります。なにかを食す――、こんな些細なことでも上の者が拒否すれば下に就く者はそれができなくなるからです」


 私は彼女に手渡したビスケットと同じものを同行する王国軍の人たちにも配っていた。しかし、彼らは一向にそれを食そうとしない。それは隊長であるアイラさんがそれをしないからに他ならないと思った。


 もっとも、ビスケットを配ったのはここでのコミュケーションを広げる狙いが1つ、そして自分の腹が減ってきたのも理由なのだが……。


「急に部隊へと引き入れられ、こうも私に意見する者がいるとは驚きました」


「気を悪くしないでください。戦えない人間ゆえの知恵なんです」


「いえ、あなたのような人間はとても珍しいですが……、言っていることを否定できないのもまた事実です」


 アイラさんはそう言うと、3cm角のビスケットを1つ口に放り込んだ。そして――、今度は眉間に皺を寄せるとこちらを睨み付けてきた。


「どういうことですか? このビスケット……、まるでおいしくない。むしろ、のですが?」

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