第75話 策
「弟様も前線に出られておるようじゃが――、ハインデル様、今回はどのような策を立てておられるので?」
黒の遺跡の前に設営された王国軍の本陣、総司令を務めるハインデルの傍らでボールガードが問い掛けていた。白く長い髭を撫でながら、ゆっくりとした口調で問うている。
「グロイツェルがどうしようとオレには関係ない。もっとも――、あれはオレが指揮官と知った上で動いているのだろうがな」
一方のハインデルは足を組んで椅子に腰かけ、ただただ遺跡の一点を見つめながら言葉を返している。
「ほっほっほ……、今のところ目立った『策』があるようには見えませんのでな。遺跡内のまもの討伐としては至って普通と申しましょうか――」
「ふん、『奇策』が必ずしも優れているわけではなかろう。むしろ、正攻法こそが最適解――、十分な戦力を投入すればそれだけで事足りるのだ」
ハインデルは過去にあったまもの殲滅の失敗について、王国軍の戦力の出し渋りに原因があると考えていた。さまざまなギルドからなる混成部隊に頼り過ぎていたのだと――。
王国が有事の際、各ギルドに応援要請を出すのは、単なる戦力の増強だけが目的ではない。特定の組織が強大な力を持ち過ぎないようギルドの戦力を削る意味合いもあるのだ。
当然だがこれは公言はされていない。だが、王国の上層部は暗黙でこれを理解している。そして、逆にギルドを率いる者たちも口にこそしないが王国の意図を察しているのだ。
ただ、こうしてギルドへの協力を強いることによって王国は、いつしか彼らの戦力に甘えるようにもなっていた。
規模でいえば間違いなく最大戦力になるであろう王国軍が戦力を出し渋り、ギルドの部隊に任せきりにしてしまう。このような事態は決して少なくないのだ。
「今回は南と東、2か所に王国軍の精鋭を送っている。要所は我々が抑え、残った箇所にギルド連中の全戦力を投入している。十分過ぎる戦力だろう」
「ほっほ……、たしかにアイラ、レギル、リンを集結させたのは十分過ぎるじゃろう。じゃが、アルコンブリッジ――、あの戦いで伝え聞くまものの数は尋常ではないからのう……」
「心配するな、ボールガード卿。もちろんあの戦いのことも頭に入れている。そして――、秘策も準備してある」
◇◇◇
遺跡東側の入り口、レギルとリン率いる王国軍は奥の広間にてどの部隊よりも早くまものと遭遇していた。
しかし、そこは今おびただしい量の黒い液体によって床と壁が染められている。レギルは面倒くさそうに自身に付着したその汚れを拭っていた。
現代的に例えるなら――、大筆での書道パフォーマンスを終えた後のような光景。しかし、その液体はすべてまものの血なのだ。
「あー……、こっから先はいくつか道が分かれてやがるな。お前ら、誰でもいいから後ろの連中に伝えて応援呼んで来い」
レギルは後ろに控えている仲間にそう告げる。すると、剣士の1人が駆け足で来た道を戻っていった。
「――さすがです、レギル。この数のまものを短時間で倒してしまうとは……」
「はっ! むしろ余計な手出しがない方が暴れやすい。リンも残りの奴らも黙って後ろをついて来たらいいんだよ?」
「2度ほど……、危ない瞬間もありましたが? 私の援護がなければ無傷ではなかったと思います」
リンの言葉にレギルは軽く舌打ちをした。ただ、言い返さないあたり、彼女の意見はレギル自身も認めているようだ。
「俺様の邪魔にさえならなければいい。この程度ならいくらでも狩りとってやるぜ」
「あなたに好きに暴れさせる――、それがもっとも効率的、且つ確実なのは理解しています。ですから、私もあなたがやりやすいよう援護をします。ただ……、もう少しペース配分を考えては?」
「細けーことうるせぇよ。だから、応援が来るまでこうして休んでんじゃねぇか?」
レギルは急にまものの血に汚れた床に胡坐をかいて座り込む。その姿を見て、リンはわかりやすく呆れたため息をつくのだった。
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