第70話 前夜

 黒の遺跡は東西南北の各方向に1か所ずつ入り口がある。今回の作戦ではその4か所へそれぞれの部隊が侵入していく。補給線を維持しながら奥へと進み、分岐があればその道ごとに小隊を投入していく流れだ。


 調査がもっとも進んでいるのが野営地の真正面にある南側の入り口。私たち「幸福の花」の部隊はここの配置となった。

 もっとも、先陣を切るのは王国軍らしく、私たちの主な役割は後方の補給関係。内部の分岐が多い場合に限り、前線に出ることもあるようだが、その順番もずいぶん後回しになりそうだ。


 ギルドとしての実績・信頼にまだまだ乏しい組織としては妥当な役割なのだろう。こちらとしても率先して危険なところには出たくないのでありがたい。


 おおよその作戦と役割を把握し、王国軍本陣から解散すると背中から聞き覚えのある声で呼びかけられた。

 振り返ると、そこにはカレンさん、隣りにグロイツェル氏とリンカさんの姿もあった。


「やほっ、スガ。あんたも運が悪いというかなんというか――、妙にこの遺跡と縁があるようだねぇ?」


「皆さんお揃いで。いや――、まさかまたここを訪れるとは私も思っていなかったです……」


 私とカレンさんが簡単な言葉を交わしたあと、グロイツェル氏がこちらへと歩み寄って来た。


「ギルドの運営はいかがですかな、スガワラさん? ランギスはよく働いておりますか?」


「私がまだまだ未熟ですので……、ランギスさんにおんぶにだっこの状態です。人員をまわしてくれてとても感謝しております」


「『知恵の結晶』のラグナさまはあなたにずいぶんと期待しておられた。私もその手腕に興味があります。こうした現場は不向きかと思いますが、ランギスにしっかりサポートさせますので、ご無理だけはなさらぬよう」


「怪我したらいつでもこっち来てくださいねー。スガワラさんの血なら大歓迎ですよー」


「スガの隊にはラナがいるんだろ? スピカちゃんやアレンビーちゃんだっているし――、連邦の『ケイ』も加わったんだ。でき立てほやほやにしては贅沢過ぎる人員よね? 流血は期待できないよ、リンカ?」


 ブレイヴ・ピラーの3人は三者三様に「平常運転」だ。時々、通り過ぎる人が彼らに頭を下げていく。こうして普通に言葉を交わしているが、今目の前にいる3人はこの場でとても権威ある人たちなのだろう。


「そいえば、パララちゃんに会ったかい? 私の隊に入ることなったから今回は楽しくなりそうだよ。グロイツェルも言ってたけど無茶だけはするなよ。任務が終わったらまた飲みに行くからさ」


 こう言ってカレンさんたちはグロイツェル氏を先頭にしてこの場を去っていった。



「スガさん、少しは緊張がほぐれましたか? さっきまで顔がずいぶん強張っていましたよ?」


 隣りにいるランさんがにこやかな表情でそう問いかけてくる。なるほど――、自分では気付けなかったが、よほど険しい顔をしていたようだ。


「安心してください! スガさんのギルドのメンバーはとっても豪華です! およばずながら僕もがんばりますからね!」


 ランさんと初めて会ったのも黒の遺跡でだった。あの時も優しい雰囲気の中に頼もしさを感じたものだ。この人にはこれからもしばらくお世話になるような気がする。

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