第63話 対魔法
セントラル魔法科学研究院の朝、寮生は朝食の前に校舎の清掃を行っている。ゼフィラとシャウラのふたりは決められた順路のゴミ拾いをしていた。天気は生憎の曇り空、湿った空気が纏わりついてくる。
寝起きからテンション高く動き回るゼフィラと、それとは対照的に低血圧なのか、どうにも機嫌が悪そうなシャウラ。普段から一緒にいることも多いためか、会話も少なく、ただ隣りにいるお互いの存在を感じながら校舎を回っていた。
シャウラはふいに足を止めると、ぼんやりとある方向を見つめている。
「――っと、どうした、シャウラ? 急に立ち止まっちゃってさ?」
「あの新しい演習場、もうすぐ完成なのよね?」
彼女の視線の先には建設途中の建物があった。今は全面を半透明のシートが覆っている。
セントラルの敷地内に新たに建設されている演習場。天候の影響を受けない完全屋内型の闘技場だ。前期の授業が終わり、学生たちが長期休暇に入っている期間に急ピッチで建設は進められていた。後期の授業が始まった今は、おおよそ完成しており、塗装の乾きを待つ段階に入っている。
「なんでも対魔法用建築資材の実験も兼ねてる施設らしいぜ? 天井とか壁とか上級魔法ぶつけてもぶっ壊せないとかなんとか?」
「天候を気にしなくていいのは助かるわ。さすがはセントラル、最新最高の施設を利用させてもらえるのはなによりの強みよね?」
「シャウラのご機嫌は天候に左右されるけどな? お空が曇ってるからって表情まで曇らせなくてもいいんだぜ?」
ゼフィラの言葉にシャウラは軽くこめかみを押さえて首を振る。
「仕方ないじゃない? 曇ってると頭が痛いのよ。――っていうか、朝からゼフィラは元気過ぎる」
「元気なのは悪いことじゃないだろ? せっかく二人きりなんだから朝からイチャイチャできんのにシャウラがサゲサゲの空気だかんなー」
「天気の悪い日は勘弁してよ? それに――、あれが建設中の間は人の出入りが激しいからね、誰かに見られるわよ?」
「へいへい。たしかにこの辺いっつも誰か見張りがいるもんな。子どもじゃないんだから忍び込んだりしないってのにさ?」
ゼフィラは目のあたりを両手で覆い、まるで双眼鏡で眺めるような仕草をして見せた。彼女の視線の先には巡回中の教員の姿がある。
「なかには子どもみたいなやつもいるのよ? 特に男子にはね?」
このとき、彼女たちふたりが思い浮かべたのはともにベラトリクスの顔だった。そして、なぜかシャウラは深いため息をつき、ゼフィラはその理由がわかっているかのように笑いだす。
「まっ――、完成は間近らしいし、近いうちに使わせてもらえるだろうさ? あー、壁に思いっきりヴォルケーノ叩き込みたいぜ!」
「間違ってぶつけても壊れないようにしてるんでしょ? 壊しにかかってどうするのよ?」
「防御って崩したくなるだろ? 『対魔法』って聞いたら魔法で突破したくならないか?」
「ゼフィラは強行突破が好きだものね? 私は抜け道探すタイプだから」
他愛のない会話をしながらシャウラはふと校舎に取り付けられた時計を見つめた。
「ちょっとペース上げましょうか? 掃除の時間が終わってしまうわ」
寮生たちの1日は早朝の掃除から始まる。シャウラとゼフィラにとっても特にいつもと変わりない日常の1コマ。
しかし同じ頃、セントラルとは異なる場所でこの魔法学校を揺るがす事態が起こっていた。悪魔のクスリ「エリクシル」の所持と改良を自ら告白して衛兵に出頭した元・4回生首席の学生シリウス・ファリドが牢屋にて命を絶っていた。
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