第61話 噂の人
ブレイヴ・ピラーの訓練場、今は「対魔法」の訓練が行われていた。予兆の察知、射程の把握、盾や武器を使っての防御などなど……、その内容は多岐に渡っている。
魔法使いを数多く抱えるアレクシア王国において、対魔法の技術は剣士にとってのの死活問題といえた。ゆえにブレイヴ・ピラーほどの組織に属する者なら相応の対処法を身に付けている。
ただ、決して珍しくないこの光景に今日は一点だけいつもと違うところがあった。魔法使いとしてその場に立っているは、あのウェズン・アプリコットなのだ。
「どうですか、リンカ? ウェズン・アプリコットの様子は?」
遠目に彼女の姿を眺めているのは、ギルドマスターのシャネイラと、看病をしているリンカのふたり。
「魔導書ばっかり読んでるのは退屈だったみたいで、生き生きしてますよー? 発作はありますけど、適度な運動も必要ですからねー」
「ふむ。――ところで、彼女はたしかセントラルにて『ローゼンバーグの再来』と呼ばれていたそうですね?」
「らしいですねー。ラナさんと同格かはさておき……、クスリでの増強なしでもあの子、相当やりますよ? まだ、見習いですけど、さっさとトゥインクルにでも引き抜いたらいいじゃないですかー? あのレベルはなかなかいませんよ」
「フフ……、検討しておきましょう。ただ、そのためにもまずは『エリクシル』の問題を決着させねばなりません」
「ですよねー。どう考えてもなんとかって4回生の単独犯ではないでしょう。学校側に糸引いてるやつがいるのは明らかなんですけどねー。でも、ウェズンちゃんはそこまで知らないみたいだし、衛兵に出頭した奴もゲロってないんですよね?」
エリクシル――、魔法使いの魔力を一時的に増強するクスリの名称だ。身体への悪影響と異常なまでの中毒性から禁止薬物として取り締まられている。
そのクスリを、セントラル魔法科学研究院のある生徒が広めようとしていた。4回生のシリウス・ファリドという学生がクスリの改良を目的として、何人かの学生に配っていたのだ。
ウェズンはそのクスリを禁止薬物と理解しながらも常用していた学生だ。しかし、彼女はシリウスから譲り受けていただけであり、それ以上のことは知らないようだ。
当のシリウスは、自ら衛兵の元へ出頭した。エリクシルの拡散も改良もあくまで自らの好奇心によるもの、と言い張っているようだ。
「チャトラちゃんも巻き込まれてたし、その友達のスピカちゃん? って子も絡んでるかもしれないんでしたっけ?」
「ええ、スピカ・コン・トレイル。彼女がスガワラさんのギルドに加わってくれたのは幸いでした。我々と知恵の結晶の連立ギルドであり、ラナンキュラスが所属しているところへ下手に手出ししてくるとは思えませんから」
「言えてますねー。消し炭にされそうですもん」
「フフ……、それに後から聞いたのですが――、彼女はあの『ユピトール卿』のお弟子さんのようです。表舞台を退いて久しい方ですが、敵に回したくない人であることに変わりはないでしょう」
「ひえー、あのルーナ・ユピトール様の、ですか? 王国にいた頃の力がご健在ならあの人も『怪物』の類ですもんねー」
シャネイラとリンカが訓練場を見つめながら話をしていると、後ろに1人の剣士が立つ。
「マスター、こちらにおられましたか! ご報告がございます」
シャネイラはリンカとの会話を中断し、剣士の話に耳を傾ける。
「マスターにお会いしたい、と言って退かない者が来ておりまして……。一度、帰らせるつもりですが、念のためお耳に入れておこうと思いまして――」
「たしかに来客の予定はありませんが……、その者の名は聞いておりますか?」
「それが……、『ルーナ・ユピトール』と名乗っているのです」
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