第57話 スガワラのセンス

 私はカレンさんのあとについて商店の並ぶ道を歩いていた。もう少し先を行って脇に入ると空き地があり、目的地はそこのようだ。私が異世界に来てまだ日の浅い頃、「斬れない大剣」の試し切りをしてもらった場所だ。


「ランさんにさ、スガの腕について聞いてみたら『筋がいい』なんて言うもんだからさ。どんなモンか確かめたくてねぇ……」


 私の脳裏には、ここ数日のランさんに指導を受けていたときの記憶が過っていた。「筋がいい」か――、たしかにそんなことを言っていた気もする。

 ただ、実際に私の剣を見るときっとカレンさんをがっかりさせてしまうだろうな。


 なぜなら――。



「過度な期待はしてないから安心していいよ? スガが如何に戦いに不向きな人間かなんて普段の身のこなしを見てたら大体わかるからさ。それでいてランさんが評価したその真意を見極めたくてねぇ?」


 こうしてカレンさんと肩を並べて歩くのはなんだか久々の気がする。短く整ったブロンドの髪は陽に当てられキラキラと輝き、機嫌がいいのか彼女の顔も明るく輝いて見えた。

 話しながらビー玉のような目をくりくりと動かす彼女、とても表情豊かで一緒にいて楽しい人だ。



「――さてさて、空き地に着きましたっと。私が受けてやるからスガは好きなように攻めてきな?」


 目的地に着くなり彼女は腰に下げた剣を鞘のまま手に取った。表情も変わらない。私が相手ではおそらく緊張感もないのだろう。


 私はランさんの教えと言葉を頭で反芻し、木剣を構えた。真剣な目でカレンさんと向き合う。頬を緩めていた彼女の表情が一瞬だけ引き締まったのがたしかに見えた。

 しかし、それは本当に「一瞬」のこと。すぐに顔付を緩めるとカレンさんはおもむろに口を開いた。


「へぇ……、そういうこと。ははっ、たしかに『筋はいい』のかもしれないねぇ」




◆◆◆




 スガワラとカレンが酒場を出てから一時した頃、スピカは表に出て店の扉に「close」の札を下げていた。


 すると、彼女の目の前を一匹の蝶々が通り過ぎる。青と黒の翅をした美しい蝶だ。スピカは楽しそうに蝶の行方を視線で追っている。


「うむむ、チョウチョさんの動きはひらひらと優雅でキレイですね。あたしもこんなふうに宙を舞えるとカッコいいかもしれません」


 蝶はスピカと一定の距離をとりながら舞い、庭先に植えた花の上でその翅を休めた。


「ここのお花はラナさんとあたしで毎日お世話をしていますからね! 陽射しもたっぷり浴びてきっと栄養満点ですよ!」


 花冠にとまる蝶に視線を合わせてしゃがむスピカ。ストローを伸ばす蝶の動きをじっと観察している。


「――あっ!」


 しかし、急に日が陰ったと思うと同時に蝶はどこかへ飛び去ってしまった。スピカは後ろに誰かが立ったのだと気が付く。


「あのー……、すません。『幸福の花』ってギルドを訪ねて来たんですけど、ここであってます?」

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