第56話 お稽古
「一応、ギルド入団希望の申請はしておくから。それじゃ……、また顔を出す」
コーグさんは息を吹き返したあと、別人のようにトーンダウンしていた。なんといういか、生気が抜けて体が一回りほど小さく見えたくらいだ。
――とはいえ、入団希望を取り下げることはなかった。「腰を落ち着けたい」の言葉自体に嘘はなかったのかもしれない。
彼が酒場の扉を開け、店を出て行くタイミングで入れ替わるようにカレンさんがやって来た。コーグさんの萎んだ姿が目を引いたのか、しばらく彼の背中を目で追っていた。
「よう、みんな揃ってるね? それにしてもさっき出てった人、大丈夫かい? 魂がお留守な感じだったけど?」
入って来て早々のカレンさんの質問に私は苦笑いを浮かべ、簡単な経緯を説明する。ついでに彼が私のギルドの入団希望者とも伝えた。それを聞いて彼女は大笑いするのだった。
「あっはっはっはっ!! ラナは相変わらずと言うか、罪な女だねぇ? それにスピカちゃんのそれはもはや凶器だよ!」
「あんなにしょんぼりされると、ちょっと可哀そうになってくるわね。それとカレンは笑い過ぎ!」
「しつこい男にははっきり言ってやった方がいいんだよ。スガだって男らしくバシッと言ってやったらよかったのに?」
「誰であってもラナさんに好意をもつのは自由ですから。奪われないようがんばるのが私の務めです」
「あらあら……、どうがんばってくれるか楽しみですね」
「もう、2人とも熱いな! 暑苦しい! 外の陽射しもきついのに中でも暑いのは勘弁しておくれよ?」
「カレンさんお水です! なんならあたしの魔法で凍らせましょうか!? 氷の属性はあまり得意ではありませんが!」
ラナさんの言葉に私は顔が熱くなり、カレンさんが煙たがるように宙を掃う仕草をしている。そしてマイペースなコンちゃんは、コップに並々水を注いでカレンさんの前に運んできていた。
「――それで、カレンはお昼休み?」
「ああ、ランさんがグロイツェルに呼ばれててさ。最近、あれだろ? ランさんがスガに剣の稽古をつけてくれてるんだって?」
「ええ。空き時間に手ほどきを受けていますが……」
私は話の成り行きで嫌な予感がしていた。
「今日は私が代わってやるよ? たまたま手が空いてる日なんだ」
カレンさんは妙に嬉しそうというか――、にやにやしている。
「いや……、まだ剣を握って数日しか経っていませんし、それに」
「軽く稽古するだけだよ? 隊の連中なら頭下げて喜ぶけどねぇ?」
「あらあら……、怪我だけはしないようにしてくださいね?」
「がんばってください、ユタタタさん! 応援してますよ!」
ラナさんもコンちゃんも――、残念ながら止めてくれないようだ。
「ほらほら? もう昼飯は食ったんだろ? さっさと木剣でもなんでも準備しな?」
こうして私は、剣を握って数日でカレンさんの稽古を受けることになってしまった。
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