第55話 希望者

「――つまり、スガワラさんのギルドにはあの麗しきラナンキュラス殿も所属されているんだな?」


 昼下がりの酒場、昼食目当てのお客の波も落ち着き、一度お店を閉めようと話していたところに見知った顔の来客があった。


 フリーの冒険家、賞金稼ぎのコーグさん。今日こんにちでは酒場の名物にもなりつつあるアイスクリーム、それをつくる道具をここに持ち込んだ人だ。彫の深い顔をこちらに向け、今は妙にその目を輝かせている。



 彼は遺跡の調査や護衛といった依頼を求めて旅をしている。


 この国では遺跡調査の際、見つかったものの一部を冒険家が持ち帰ることを許されている。そして、このコーグさんは自身が目利きではないにもかかわらず、「価値がありそう」と感じたモノを持ち帰る悪癖があるようだ。


 私は過去に彼が持ち帰った「謎の物体」の販売を手伝った。その第一号が、当店自慢のアイスクリームメーカーなのだ。


 それをきっかけに、彼は次々と所有している謎アイテムを持ち込むようになっていた。なんとか価値を見出して必要とする人に買ってもらう。得られた利益は彼と折半することで、不思議とビジネスが成り立っている。


 彼は今でこそアレクシアを拠点にしているが、諸国を転々としながら仕事を請け負っていたようだ。そのため、様々な国の言葉を話し、私の「言語の魔法」も彼をきっかけに判明した。


 もっとも、最近この店で他の人と話している姿も見かけるので、おそらくアレクシアの言葉で話しているのだろう。私はどの言語で話されようと勝手に「日本語」として聞こえてくるため、逆に言語の区別がつかないのだ。



 ただ、このコーグさんが酒場ここによく姿を見せるのはもうひとつ別の理由が――、というよりこちらが本命なのだろうが、彼はラナさんがお気に入りなのだ。

 毎度、食事に誘っては玉砕されているが、不屈の精神で今日も口説き落とそうと必死になっていた。隠すつもりはないのだが……、彼には私とラナさんの今の関係は話さない方がいい気がしている。



 コーグさんが仕事を持ち込むとき、彼はなぜかいつも金欠なのだ。それゆえ、彼の依頼は勝手な都合で納期が早い。こちらとしては大変なのだが、おもしろい仕事を持ち込んでくる、ある意味で「お得意様」でもあるのだ。


「よしっ! オレも30過ぎてそろそろ腰を落ち着ける頃合いだと思っていた。スガワラさんのギルドに入れてくれ!」


 申し出はとてもありがたい。ありがたいのだが……、この人の場合、二つ返事で了承するのは気が引けた。


「ええっと……、とてもありがたい申し出です。ですが、私の独断ですぐに決めるわけではありません。少し時間をもらってもいいですか?」


「むぅ? スガワラさんがマスターなのに独断で決められんのか?」


「ええ、今はまだ他のギルドの協力を得てやっと成り立っている組織ですから」


 コーグさんの申し出にすぐ返事をしなかったのは別に「彼」だから――、という理由ではない。

 私のギルドへの所属は一旦、ブレイヴ・ピラーと知恵の結晶に報告をするように決められている。


 これにはいくつかの理由がある。


 まずはシンプルにその人物が「信用に足る者か」見極めるため。この国を代表する巨大ギルド2つの情報網ならそれらを調べ上げることは容易いようだ。


 また、学校や各養成機関で該当する情報が見当たらない人に関しては、「実力の見極め」も必要になる。残念ながらこれらは今の私には身が重い。


 ゆえに、「コーグさんだから」ではなく、誰であろうと一定の期間をもらってから返事をするよう決められているのだ。コンちゃんに関しては、カレンさんからの申し出もあったからか、「例外」なのである。



「オレがスガワラさんのギルドに所属すれば――、すなわち、ラナンキュラス殿と一緒に働けるのだな! このコーグが如何に頼れる男か、とくとご覧にいれましょう!」


 酒場の席についていたコーグさんは突然立ち上がると、腕を組み大きな声を上げた。他のお客がいなくて助かった。さすがのラナさんも少し困った顔をして、こちらに視線を向けてくる。



「でも、ラナさんはユタタタさんともうお付き合いされていますよ!?」



 たまたま私たちの席の横を通りかかったコンちゃんは、なんの悪気もなくそう言った。

 その刹那、コーグさんはまるでロボットの電源が落ちたようにその場で卒倒してしまった。

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