第54話 とある一室にて
「ひゃははははっ!! 道に迷ったって、お前――、アイラよ? あんまり笑わせるなよ? なにか? 剣では俺様に勝てないと思って笑い殺しの手にでたか?」
アレクシア王城の一室、若い男が品のない笑い声をあげている。アイラは男の顔を一瞥した後、特に不快な顔を見せるわけでもなく、「無」の表情で佇んでいた。
「――静かになさい、レギル? あなたの笑い声で話が進みません」
いつまでも終わらない笑いに耐えかねて、1人の、竜胆色の髪をした女性が声を上げた。声や所作の至る所に「落ち着き」を感じる彼女は「リン・ローレライ」。王国魔導士団の「顔」になりつつある若き魔法使いだ。
彼女に窘められ、レギルは呼吸を整えるように大きく深呼吸をする。そうして部屋にようやく静寂が戻ってくるのだった。
部屋の中央に座するのは「王国の知将」の異名をとるハインデル。彼の号令で集められたのは王国騎士団のアイラとレギルの2名。魔導士団からはリンと、髭も眉毛も長い白髪で小柄な老人「ボールガード」の2名。
先日、王国南にある遺跡のまもの討伐にて先陣を切った部隊を率いた者たちだ。
「アイラは剣を持たんと締まりがなくなるからな? つくづく武人としてしか生きられんらしい」
「――ですから、この通り騎士団に所属しております。なにかご不満でもありますか?」
ハインデルの言葉にアイラは不快感を露わにする。レギルの笑いとは対照的に、ハインデルの言葉には一定の反応を示すようだ。
「ハインデル様、アイラ……、どうか横道に逸れずに話を続けてもらえますか? 『ボールガード卿』が退屈しておられます」
「これは失礼。多忙な皆に集まってもらっているわけだからな。手短に話は済ませよう」
ハインデルはわざとらしく一度咳ばらいをしたあとに、話を始めた。
「近いうちに改めて、『黒の遺跡』のまもの討伐を進言するつもりでいる。ついては、お前たちに改めて先陣をきってもらいたい」
「黒の遺跡」――、アレクシア王国から北上した隣国との途中にある遺跡の通称である。真っ黒な姿をした「まもの」が無数にいることからそう呼ばれている。
過去に王国軍とアレクシア各ギルドの混成部隊がまものの殲滅作戦を立てるも、完全に駆逐するには至らなかった。それどころか、ここを起点に現れたまものの大群が王国へ迫る事態もあったことからアレクシア国内では今、もっとも危険視されている場所と言えるだろう。
ただ、まものの襲撃を抑えた際、王国と遺跡を結ぶ道中の巨大な橋、「アルコンブリッジ」が崩壊し、今はその行き来に遠方の橋まで迂回しなければならなくなっている。
「ハインデル様は『平穏』を『退屈』と感じる方なのですか? あの遺跡は下手に手出しをしないのが得策だと思います。いかに私が戦いの場でしか生きられなくとも、無意味に死地へ赴くつもりはありません」
「無礼を承知で申し上げますが……、私もアイラと同じ意見です。アルコンブリッジでの戦いはひとつ間違えば、城下に多大な被害をもたらしていたかもしれんませんゆえ――」
「はっ! アイラもリンもびびってんのかよ? ようは、まもの狩り放題のお祭りだろうが。俺様はハインデルのおっさんを支持するぜ」
アイラとリンはハインデルの意見に対して、明らかな拒絶と嫌悪の反応を見せた。一方で新たな戦いの舞台を歓迎するレギル。そして、眠っているかのように無言でいるボールガード。
「黒の遺跡は、アレクシアにとって宝の山だ。確認されている魔鉱石の埋蔵量は他の遺跡と比較にならん。勝算があれば、すぐにでもまもの討伐に乗り出すべきだ」
彼の言葉を聞き、ボールガードはぴくりとかすかに長い眉を動かし、うっすらと片目を開けた。
「――つまり、ハインデル様には『勝算』があるということですな?」
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