第53話 王国騎士

 アイラさんは無口な人だった。酒場までのそう長くない道中、世間話のつもりで幾度か話しかけてみたが、会話は長続きせずに途切れてしまう。


 2人無言で歩いているとどことなく気まずい空気が漂ってくる。――とはいえ、初対面の女性にあまり込み入った話もできない。

 私が頭の中であれこれ思案していると、それを察したのか背中からアイラさんが声をかけてきた。


「――気を悪くしないでください。何分口下手なものでして……」


「いいえ、こちらこそ。黙っているのが苦手な性分でして。ああ! もうすぐ酒場に着きますよ?」


 酒場に近付くと、庭の植木に水やりをしているラナさんとコンちゃんの姿が目に入った。とても微笑ましい光景でこちらの表情まで綻んでくる。



「あっ!! ユタタタさんです!」



 コンちゃんが先に私の姿に気付いて今日も安定しない私の名を呼んだ。ラナさんもこちらに顔を向けたあと、隣りのアイラさんに気付いたのか視線をかすかに横へ向け首を捻っている。


 私はそのまま2人の元へ歩み寄っていったが、途中で異変に気付いた。後ろをついてきているはずのアイラさんがなぜか立ち止まっているのだ。


「あの……、どうかされましたか?」


 アイラさんは片目を細めて遠くを見つめている。その視線の先はラナさん――、あるいはコンちゃんなのか、この位置からではわからなかった。


「――ありがとうございました、スガワラさん。今日はここで結構です」


「えっ、あの……?」


 混乱する私を余所に彼女は軽く頭を下げて踵を返した。私は一瞬、呼び止めようとしたが、その理由も見つからない。


 結局、なにかを言いかけて口を開いたまま、無言で彼女の背中を見送った。



「今の方は――、お知り合いですか?」



 いつの間にか近くまで来ていたラナさんがそう問いかける。私はてっきりラナさんの知り合いかと思っていたのだが、どうやら違うようだ。それにラナさんの表情と声が心なしか険しく感じる。


「いいえ。酒場を探して道に迷っているところをお見掛けしまして……。ラナさんのご友人なのかと思っていました」


「会ったことはありません。ですが――、人ではあります」


 遠く小さくなっていくアイラさんの背中を見つめながらラナさんはそう言った。


「王国騎士団のアイラ・エスウス――、剣を志す者にとってはシャネイラと同じくらい有名かもしれませんね」



 王国騎士団の剣士……? そんな人がこの酒場になんの用だったのだろう? いや、結局は酒場の前まで来て去ってしまったのだがら、最初から用なんてなかったのかもしれない。


 だが、偶然見かけて最初に声をかけたのは私の方だ。まさかそこまで計算して道に迷ったをしていたとも思えない。



「ユタタタさん! お帰りなさい! ギルドに入ってくれそうな人は見つかりましたか!?」


 私が頭を捻っているところにコンちゃんの明るい声が飛び込んできた。なんというか、彼女の声を聞くと頭を悩ませるのがバカバカしくなってくる。


「ご近所さんにお願いした貼り紙を見てくれている人はいるそうです。早くコンちゃんの後輩が入ってくれるといいですね?」


「後輩っ!? そっか、新しい人が入ったらあたしが先輩になるわけですね! くふふ、くふふふ……」


 ラナさんの表情もコンちゃんを見つめていると、先ほど感じた険しさが消えていった。アイラ・エスウス……、結局、彼女はなぜこの酒場に来たかったのだろうか?

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