第4章

第52話 出会い

「先日、うちに泊まっていった戦士様がね、スガさんとこのギルドの貼り紙を熱心に見てたんですよ」


 私は近所にある宿屋を訪れていた。ここの店主、ゴードンさんはラナさんの酒場を宿泊客に紹介してくれたり、なにかとお世話になっている人だ。

 恰幅の良い――、良すぎる体型にスキンヘッド、細い目が特徴の人でいつも小さいハンカチを片手に汗を拭っている。


 数日前から宿屋のエントランスにギルドを宣伝する貼り紙をさせてもらっている。他にも武器屋や道具屋など……、近所の付き合いのあるお店を挨拶も兼ねて回っていた。ついでにギルドの宣伝をしながら耳寄りな情報がないかを尋ねていたところだ。


「せっかくなんでお声かけしようと思ったんですが――、機を逃してしまいましてね。いやぁ、申し訳ないですな」


 ゴードンさんはハンカチで顔から滴る汗を拭いながらそう言った。


「いえ、お気になさらず。貼り紙にはギルドの場所や酒場の場所も書いてますから。興味がある方でしたらきっと直接訪ねてくれますよ?」


 彼の話から、近場に宣伝の貼り紙をするだけでも一定の効果は見込めそうだと感じた。

 私のギルドはとにかく人材の確保が急務である。ポチョムキンさんからは顔を合わせる度に口酸っぱくそれを言われてしまう。ただ、彼の言うことは間違っていない。


 いつまでも助っ人のランさんやアビーさんに頼り切るわけにもいかない。アビーさん曰く、前に出て戦える人を入れてほしい、と。魔法使いなら放っておいても「ローゼンバーグ」の名が勝手に人を集めるだろうと言っていた。


 その意味で、ゴードンさんの話に出てきた「戦士」にはとても興味が引かれた。直接、私の住居でもあるギルドか、酒場を訪ねてくれればありがたいのだが……。



 ゴードンさんの宿屋をあとにして私は酒場へと向かった。もう少しするとお昼の開店時間になる。お昼の営業はコンちゃんが手伝ってくれていることもあり、私は不在が多くなっていた。


 ギルドはまだまだ手付かずのことが多い。だが、手伝えるときは酒場にも顔を出しておきたい。いやいや――、下手に働きづめになると身体を壊してしまうかもしれない。適度に休みもとらなければ……、このあたりはそう長くない社会人生活でも嫌というほど思い知らされた。


 そんなことを考えながら歩いていると、道の真ん中で棒立ちしている女性の姿が目に入った。漆黒の短い髪をしており、歳は私と同じくらいだろうか?


 その姿を横目に見ながら一度は通り過ぎたが、どうにも気になって一度振り返った。女性は短い間隔で同じところを行ったり来たりしながら時折首を捻っている。ひょっとしたら道に迷っているのかもしれない。


 周囲に連れ立った人も見当たらない。私は思い切って彼女に声をかけてみた。


「あの――、どこかお探しのようですが……?」


 女性は横目でちらりとこちらを見ると、ゆっくりとした所作でこちら側に向き直った。彼女の左目は黒い眼帯で覆われており、無意識にそこに視線が向かってしまった。


「――このあたりの方ですか? 恥ずかしながらお察しの通りです。『幸福の花』という酒場が近くにあるはずなのですが……」


 黒髪の女性は、ややハスキーな声でそう答えた。偶然にも彼女はラナさんの酒場を探しているようだ。お客として見た記憶はないが、ラナさんの知り合いだろうか?


「それならご案内いたしますよ? 私は『スガワラ』といいまして、その酒場で働いている者です」


 私がそう言ったとき――、ほんの一瞬だがこの女性の目付が鋭く光ったように感じられた。冷や汗が背中を伝っている。

 だが、一度瞬きをした後、私が見た彼女の表情はとてもやわらかいものだった。急に声をかけたゆえに警戒されたのかもしれない。


「酒場で働いてる方ですか……。それならお言葉に甘えさせていただきます。どうも町はずれは歩き慣れていないものでして――」


 彼女は小さく会釈をしてこちらに歩み寄ってきた。


「『スガワラ』さん――、ですか。珍しいお名前ですね。私は、アイラ・エスウスと申します」

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