第49話 障壁と槍

 セントラル魔法科学研究院、3回生成績上位者によるトーナメント戦は決勝戦を迎えようとしていた。


 「ウェズン・アプリコット」という規格外の陰に隠れていたが、学科・実技ともに上位層の常連、シャウラ・ステイメンと編入試験をトップで合格し、前期から頭角を現していたアトリア・チャトラーレ。


 ともに水・氷の系統を得意とする魔法使い。彼女たち2人が決勝の舞台へと上がる。



「私はあなたの剣技に付き合う気はないから」


「……知ってる。でも、得意な魔法が一緒って気になるわよね?」


「どっちが上か比べたくなるからでしょ? 今にわかるわ」


「……そうね。すぐに答えは出る」


 少しの間睨み合ったふたりは互いに背中を向け、試合の初期位置へとつく。アトリアはゆっくりと木剣を構え、切っ先をシャウラへと向ける。

 シャウラは、軽量のスティックを軽く宙に放り、2回転ほどさせてからその柄を掴み取ると構えをとった。


 審判の放った魔法が闘技場の中央で光を放ち――、決戦の火蓋は切られた。


 先に動いたのはアトリア。まるで日常の散歩かのごとく、ゆっくり、悠然と歩いていく。


『……系統が同じである以上、手札は見えているも同然。お互い騙し合いは望まないでしょう』


 通常の魔法射程ギリギリのところまでアトリアはなんの躊躇もなく歩を進めていく。シャウラはその動きを注意深く観察し、魔法の予兆を警戒していた。



「アイスウォールっ!」



 先に魔法を放ったのはシャウラ。氷の壁を生み出す魔法「アイスウォール」、防御壁から相手の進路妨害など間接的な使い道の広い魔法だ。


 アトリアは歩を止めてシャウラの魔法を警戒する。自身の周囲に発生の気配を察知するが正確な場所まではわからないでいた。


「……!!」


 冷気を纏い、アトリアの身長を超えるほどの氷壁は彼女の真正面に顕現する。


 その場で立ち止まるアトリア。シャウラの狙いはなにか――、考えを巡らせる。


『……視界の妨害? それともを迂回させるのが狙い? 単に足を止めたかっただけ……? てっきり後ろに出して退路を塞いでくると思ったのだけど――』


 目の前に現れた氷の塊にどう対処すべきか、アトリアがその答えを出す前にシャウラは次の手を打った。自ら出現させた氷壁の中心を貫いて氷の槍がアトリアに襲い掛かる。


 間一髪、体を捻って躱したアトリア。彼女の法衣の端は破れ、元いた位置にその切れ端が散り散りになって舞っていた。


『……危ない。わずかでも反応が遅れていたら今ので終わっていた』



「よく躱したわね? けど、私相手にその距離は安全じゃないわよ?」



 アイスウォールが出現し、アトリアが進行を止めた位置は通常の魔法射程にはまだ入っていなかったから。ゆえに彼女の警戒心も緩かったようだ。


 しかし、シャウラの魔法を操る技術は極めて高い。多少の距離延長なら難なくやってのける。


『……アイスウォールを厚さを均等ではなく、部分的に薄くしてたのね。そこをアイシクルランスの射程延長で私ごと貫こうとした』


 アトリアはヒラヒラと落ち着かなく風に揺れている破れた服の一部を握って引きちぎった。そして、呼吸を整え――、改めてシャウラを睨むようにその視線を向ける。


『……器用さではおそらく学内でもトップ。忘れてたわ……、スピカだってシャウラには負けてるのよね』

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