第48話 全力
「コンちゃーん、遠慮しなくていいからね! 腕試しだと思って全力で来なさい!」
町はずれの河原、ラナンキュラスはスピカとともにいた。
魔法学校から離れたものの人一倍向上心の強いスピカ。酒場の離れに引っ越してからも日々の鍛錬は欠かしていない。
しかし、ひとりでできる鍛錬には限界がある。ルーナはスピカの自立を促すためなのか、姿を見せる機会が少なかった。
ラナンキュラスは師の代わりに、時間を見つけて彼女の練習に付き合ってあげていた。これは魔法使いとして成長したいと願うスピカに応えてあげたい気持ちが半分――、もう半分は彼女自身の「重力魔法」に対する好奇心から来ているようだ。
晴天の空、川面は陽の光をキラキラと反射させている。
ラナンキュラスは眩しさにかすかに顔をしかめながらスピカに声を送っていた。
アトリアとの戦いを見ていた彼女が想定した重力魔法の距離――、その射程内ギリギリのところに彼女は立っている。
周囲には術者含めて巻き込むものはなにもない。ラナンキュラスの好奇心は重力魔法もさることながら、スピカの魔力そのものにもあるのかもしれなかった。
対するスピカは良い意味で遠慮を知らない子だ。「全力で――」と言われたらその通り、魔力の限りを尽くしてくる。
「はいっ! ラナさん、遠慮なくいかせてもらいますっ!」
動かない「的」に対して、スピカは呪文を詠唱し魔力を練り上げる。目を瞑り実戦ではありえないほどゆっくりとした速さで力を充填していく。
そして、目を見開いたとき、手にしたスティックの先をラナンキュラスへ向け一気に魔力を解放する。
「いきます、ラナさん! やーーっっ!!」
視界では捉えられない重力。
しかし、ラナンキュラスの周囲にある空気が――、ほんの小さな塵が地面に叩きつけられ、かすかな音を鳴らす。これらが間接的にせよ、「重力」に変化があったことを理解させた。
ラナンキュラスはアトリアも使った自身を覆う球状の結界、「魔空結界」にて彼女の魔法を受け止める。
「コンちゃーんっ! まだ加減してるんじゃない!? ボクはまだまだ大丈夫ですよ!」
ラナンキュラスの声はなんとか重力に遮られずスピカの元へ届いたようだ。すでに十分力を解き放っていた彼女はラナンキュラスの反応に驚く。
しかし、その顔はすぐにいつもの眩しいばかりの笑顔へと変えてさらに出力を上げるのだった。
「さっ、さすが『ローゼンバーグ卿』です! あたしも負けれられませんっ!」
スピカは決して手を抜いているわけではなかった。ただ、重力系統の魔法を使いこなせるようになったとはいえ、自分が今出せる「限界」を把握できていないのだ。
そしてラナンキュラスはまず、スピカの天井を見極めようとしていた。
魔法を放つスピカの表情は笑顔から次第に真剣な眼差しへと変わり、ついには歯を食いしばり始めた。そのとき、ラナンキュラスは空気の重みを感じ取る。
『結界が圧され始めてる……? ボクも出力を上げないと――』
ラナンキュラスは魔空結界を内側に幾重も展開して層をつくっていた。その厚みをさらに増して、防御力を上げていく。
しかし、次の瞬間、彼女を襲っていた重圧は突如として消え去るのだった。スピカは操り人形の糸が切れたかのようにパタリとその場に膝を付いて倒れる。
「コンちゃんっ!? 大丈夫っ!?」
慌てて小走りで駆け寄るラナンキュラス。するとスピカはふらふらしながらも笑顔で起き上がるのだった。
「くふふ……、ちょっと張り切り過ぎました」
「あらあら……、びっくりしちゃった」
ラナンキュラスは安堵の表情を浮かべていた。
だが、その視線をスピカの顔から自らの手に移すと、かすかに目を細め、杖を何度か握り直している。
『今の感じ――、さすがはあのユピトール卿のお弟子さん』
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